いなくなってしまったあの人へ〜追悼歌特集
前回に続いてユーミンの話から始めるのだけど、お洒落でスタイリッシュな音楽作りの代表選手のような彼女のパブリックイメージとは裏腹に、実はユーミンの曲の中には内省的で暗い曲も少なくなくて、コアなユーミン・ファンは彼女のその辺の振幅の大きさに惹かれて聴いてきた部分もあると思うのね。
まずはそれを端的に表す1曲を紹介しましょう。
もう会えない 彼女の最後の旅
サイレンに送られて遠ざかる
誰かが言った あまり美人じゃないと
ハンカチをかけられた白い顔を
高いビルの上から 街じゅうが
みんな みんな みんな ばからしかったの
ああ 束の間 彼女はツバメになった In Rainy Sky
なんて肌寒い午後でしょう
(「ツバメのように」 詞:松任谷由実 1979年)
ファッショナブルなレコード・ジャケットが印象的な作品『OLIVE』の3曲目に収録されている曲「ツバメのように」(←外部リンク)。もちろんこれをショック狙いの、あざといユーミンの創作ドラマだ、として捉えても良いのだけど、淡々とした声でこれをユーミンが歌うと(特に「あまり美人じゃないと」なんてフレーズが出てくると 苦笑)、何だかとてもリアルな説得力が出てきて、とてもじゃないけど聞き流せないって気持ちになるのね。
さて、今回はhiroc-fontana、「死」にまつわる歌を集めてみようと思ったのだ。なんとなく。
悲しいことばかりの世の中だけど、ムリに「頑張ろう」じゃなくて、哀しみに正面から向き合うことで浄化されることもきっとある・・・ということでね。
ちなみにユーミンはこれ以外にも「雨に消えたジョガー」という「死」を匂わせる傑作があります。
俺が大好きな太田裕美さんも「ツバメのように」に似たシチュエーションの曲を歌ってまして、それがこれ。
リボン あなたが海に出かけた夜は
私 朝までお喋りの渦
リボン 電話の横のメモを見たけど
ワインに浮かれ読まず仕舞いで・・・
ごめんねリボン 天国はいいところ?
ごめんねリボン 海の底は寒かったでしょう?
変わった娘だったよ 友だちは声をそろえて
写真見ながら首ひねったわ
リボン そうね ほんとは この街じゅうで
あなた独りが 独りが まともだったの
(「リボン」 詞:松本隆)
1978年のアルバム『エレガンス』より3曲目「リボン」(←外部リンク)。作詞は松本隆さん。もちろんこれはフィクションでしょうけど、ひとりの孤独な女性の「死」によって、都会の冷たさをいたずらに嘆くのみでなく、その冷たさは自分の心の冷たさと同じものなのだということに気付かせてくれる、その意味でスゴイ曲だと思う。
実は昔から歌謡界で「死」をにおわす大ヒットは数多あって、古くは紅白での涙の絶唱が有名な美樹克彦「花はおそかった」(1967年)とか、「♪いつものように幕があき〜」と虚ろな目で手の平をゆっくり上げていくちあきさんが目に浮かぶ「喝采」(1972年)とか、のちに小説にもなったさださんの「精霊流し」(1974年)あたりがパッと思い浮かぶ。俺はまだ子供で、恋愛も人の死も身近な出来事ではなかったあの頃でさえ、これらの曲はただの流行歌とは違う、大切なメッセージが込められている気がした。だからとても印象に残っているのね。
いつの時代にもやっぱりそういう曲は人々の心に強く訴えるものがあるらしくて、J-pop時代に入ってからも死を悼む曲は大ヒットを続けてるのね。沢田知可子「会いたい」(1991年)、虎舞竜「ロード」(1993年)、夏川りみ「涙そうそう」(2001年)、秋川雅史「千の風になって」(2005年)、すぎもとまさと「吾亦紅」(2007年)と、ちょっと思い出すだけでこれだけ出て来るのだ。
それ以外にもゆずとかマッキーとか、比較的若いJポップアーティストでアルバム曲の中に追悼歌をたくさん書いている人も多い。
たぶん、大切なのは、歌には「死」という永遠の別れの哀しみでさえ、それを癒す力があるってことだ。だから、死を歌った歌は皆に愛される。
さて最後に、ヒット曲ではないけれど、追悼歌として俺が大好きな1曲をここで紹介させていただこうと思う。ちあきなおみ「冬隣」。
(歌詞は要請により削除しました)
「喝采」の続編的内容だけど、「怨んでいる」という言葉と裏腹に、亡くした人への愛情が痛いほどに伝わってくる名曲。見事なちあきさんのパフォーマンスで、今回は締めたいと思います。
大震災で亡くなられた皆様のご冥福をお祈りいたします。