「恋人たちの100の偽り」〜コンディション最悪の中での健闘を讃える


 NHK「みんなのうた」用に書き下ろした12月21日発売予定の新曲「金平糖」もいよいよオンエアが始まって、めっきり寒さとせわしさが増してきた年末のこの時期、私たちにとても“ホッコリ”したひとときを届けてくれている裕美さん。新曲では低音中心の太く温かい声で歌ってくれていて、安定感のあるボーカルが魅力。こちらについてはまた後日レビューしたいと思ってます。
 さて、「金平糖」から遡ること34年!1977年末の同日に発売された太田裕美さんのシングルが「恋人たちの100の偽り」。
 作詞:松本隆、作曲:筒美京平、編曲:萩田光雄のゴールデントリオ作品。ちなみにこの曲、近年のベストアルバムでは筒美先生のアレンジとして表記されている場合が多くて、確かに聴いてみるとゴージャスなアレンジは筒美さんぽかったりもするのだけど、当時のシングルジャケットでは萩田さんになっているので、ここではとりあえずそちらを採用。
 この曲については俺、複雑な思いがあって。それに関してはこのブログを開設した頃(ず〜っと前ね)に「太田裕美不遇の時代」という大仰なタイトルでの連載の中でも書いたことがあるから今回は少しかい摘(つま)んで書くと、こういうことだ。
1.裕美さんが喉を壊した絶不調期にレコーディングされ、リリースされた作品であること
2.冒険作をリリースし続けてきた裕美さんらしからぬ地味な曲調で、多くのファンの期待を裏切ってしまった作品であること
3.オリコン最高位27位、売上げ9万枚と、当時の裕美さんにすれば“大コケ”の結果となって、その後の裕美人気の陰りの“呼び水”的な作品となったこと
 今にして思えば、当時の太田裕美さんの声の調子では、なるべくファルセット多用を避けてコンパクトにまとめた曲をリリースせざるを得なかったというスタッフの苦労が手に取るようにわかるし(本当は同タイトルの全く別なタイプの曲が用意されていた)、かと言って歌手活動をセーブして喉を休めるのも時代的に難しかった、ということもわかる。だからこそ、とても複雑な思いを抱かせられる残念な1曲なのだ。
 ただ、そういった先入観を捨てて聴けば、曲の出来はさすが筒美先生だけあって非常に凝っていて、実は聴きどころが満載だったりする。高音が出ない裕美さんが歌いやすいように、細かい譜割でささやくような印象の冒頭のメロディーは、どんどん音階が下がっていく意表を衝いたつくり(「♪ ゼラニウム香ばしい〜」から「あなたが訊いた〜」あたりまで)。そして、その冒頭のAメロで早くもこの曲の最高音が出てきたり(「♪ 生きて行ける 〜」のところ。それもたった一音だけ!というのがニクイ)。サビの「♪ う〜そ〜つ〜くの下手ね」の部分は“う”から“そ”に音がオクターブ飛ぶのだけれど、音と音の間に絶妙にブレイク(小休止)が入っていて、これによって歌い手(裕美さん)の喉への負担が軽減されていることも明らかで。
 こんな調子で、よく聴き直せば「恋人たちの100の偽り」という曲は「九月の雨」と音域的にはほぼ同じながら、高音を最小限に抑えたメロディー構成と計算された譜割によって実に巧妙に裕美さんの喉に負担をかけないよう配慮がなされている曲であることがわかる。そんな風に改めて聴き直してみると、様々な制約があったにもかかわらず、天才作曲家が蓄積してきたモチーフを総動員して作られたこの曲が実は(地味な印象だったこの曲が)、ヨーロッパの香り漂う実に芳醇なイメージの佳曲に仕上がっていることにも気付くのだ。

 ちなみに「♪ ああ 恋人たちの偽りは 100もあるけど」の短い大サビでは、一瞬(4小節)だけコードがメジャーに展開する。このあたりを含めて、筒美さんがのちに岩崎のヒロミちゃんに提供した、こちらもモチーフ満載だったチョー難解な曲「スローな愛がいいわ」(1980年)と全体的に似通っていて、ああ、こんな逆境でも(逆境だからこそ?)気づかないところで音楽の実験をしていたのかしら?と筒美先生の偉大さを再確認したりもして。
↓参考