愛聴盤9〜岡田有希子『十月の人魚』

3rd アルバム「十月の人魚」(UHQCD)
 可憐で繊細。健気で真摯。やはり、この歌声は、唯一無二。そうとしか言えない。
 30年前、まだこれから・・という時期にあっけなく人生を閉じてしまった少女ゆえ、無意識に贔屓目に見てしまう部分は確かにある。でもそれを差し引いても、魅力的な歌手であったことは間違い無い。
 そのヴォーカリストは、岡田有希子さん。
 彼女のアルバムがUHQCD(Ultimated Hi-Quality CD)として復刻されたのを機に、愛聴盤として繰り返し聴くうちに、すっかりそのボーカルの虜になってしまった俺なのです。
 かなり前にも「地声の天使」という記事を書いたのだけれど、歌唱力を前面に出して歌いあげるのではなく、どこまでもニュアンス重視で力の抜けたそのボーカル・スタイルはアイドルとして正攻法とは言え、岡田有希子ちゃんの歌唱に限ってはその類型では収まり切れない何かがあるような気がしてならないのだ。
 まるで、掴み取ろうとするとふわっと飛び去ってしまうタンポポの綿毛のような。どこかつかみどころのない、朧ろげな魅力。
 可憐で繊細。健気で・・・唯一無二。う〜ん。やはり、そうとしか言えない。。堂々巡り(苦笑)。
 さて、そんな在りし日の有希子さんのピュアな魅力をぎゅっと凝縮したようなアルバム『十月の人魚』。オリジナル発売は1985年9月18日。作家陣はお馴染みの竹内まりや(作詞・作曲)・かしぶち哲郎(作詞・作曲)に三浦徳子(作詞)、財津和夫(作曲)、杉真理(作曲)、高橋修(作詞)、そしてこれが作家デビューとなった小室哲哉(作曲)という超豪華な面々に加え、全曲のアレンジを松任谷正隆氏が担当。腕よりの料理人が集まって、決して豪奢ではなく、自然素材の旨味を活かした繊細なコース料理を出されたような、まさにそんな印象の作品。
 アルバムは、か細いユッコちゃんの声が瑞々しいアップテンポのコムロ・ポップス「Sweet Planet」で幕開け。続く「みずうみ」はややハードなリズムに乗せたマイナー・ポップスで、大人びた艶やかな低音を聴かせる。「♪トランプ模様のドア〜」という印象的なフレーズで始まる3曲目「花鳥図」は、典型的なアイドルソング的メロディながら、松任谷ダンナの繊細なアレンジと彼女の儚げなボーカルが、聴き手をいつの間に幻想的な世界へと誘ってくれる。そして4、5曲目はまりや作品で、シングル「哀しい予感」と、まりやさんもカバーした「ロンサム・シーズン」。両方とも失恋の曲ながら、片やロック調のアレンジには切なさ全開の“泣き声”を叩きつけ、片やハチロクのバラードでは消え入りそうなボーカルで心の痛みを見事に表現する、そんなユッコちゃんのボーカルセンスに、改めて「すげーな、この子!」と。。
 後半の5曲も素晴らしいのです。これぞ岡田有希子、という感じなマンタさん作曲の「流星の高原」は、名曲「Love Fair」のプロトタイプとも言うべきフェアリーなポップス。クラシックとポップス、メジャーとマイナーを行き来する怒涛の八分音符攻撃にノックアウトです。そしてユーミンの少女バージョン的なシックなサウンドに包まれたかしぶち作品「Bien」ではウィスパー・ヴォイス、まりや&杉コンビのマイナー・エイトビートペナルティ」では可憐さ全開の歌謡アイドルチックなボーカル、そしてアルバムのタイトル曲である美しい名バラード「十月の人魚」では、聖子たんばりにちょっぴりハスキーに“音節切り”多用のニュアンス歌唱・・・。ホント、ユッコさん、目立たないけれどもその七変化ボーカルにはタダモノでないものを感じさせられます。
 9曲目で一旦アルバムを締めて、オーラスが再びコムロ作品「水色プリンセス〜水の精〜」。またもやフェアリー路線というか、その最高峰曲で、アルバムは幕を閉じます。「♪ ハンプティ ダンプティ おしえて」。まさしくこれこそ80年代アイドル、という感じ。その理想形に最も近かったのが、岡田有希子さんだったのかもしれませんね。
 ところでこのUHQCDでのアルバム復刻版、流行りのドーナツ盤ジャケットサイズでW紙ジャケ仕様、帯まで忠実に復刻している丁寧なつくりで、それだけでも嬉しいのだけど、とにかく音がクリア&ナチュラルで素晴らしくて、繊細なユッコさんのボーカルを楽しむにはこれが最高の形ですわね。まさに、彼女の息づかいや心の揺れ動く様まで聴こえてきそうな感じ。そんなところからも、岡田有希子さんという人は、ファンのみならず制作者側にも大切にされているアイドルなのだな、としみじみ思えたのよね。