久保田早紀『夢がたり』

夢がたり

夢がたり

 久保田早紀と言えば「異邦人」。一発屋的イメージね。言わずと知れた80年代の初頭を飾ったミリオンセラーです。
 当アルバムも1980年の年間アルバムチャート4位を記録する大ヒットでした。だけど当時、あの曲が嫌いだったので、ほとんどチェックしていなかったの、俺。
 今回、ソニーブルースペックCD企画「名盤復刻シリーズ」で良音になって再発されたので、これを機に購入。初めて真剣に聴いたのね。そうしたら、あら、たしかに名盤だわ、これ。みたいな(笑)
 静謐で幻想的なピアノのインスト「プロローグ…夢がたり」の導入から、その流れでピアノオンリーのバックでワルツの小曲「」。まさに朝もやが晴れていくような早紀さんの透明なボーカルが入ってくるところから、ぐいぐいこのアルバムの世界に引き込まれてしまう、見事なオープニング。
 そして出ました「異邦人」。発売当時、ラジオスポット攻勢でこの曲がラジオからガンガン流れてきたとき、いかにもヒット狙いな感じの、やたらキャッチーなメロディーがどこかあざとく思えて、どうしても好きになれなかったのよね、俺。イントロの“ジャガジャガジャ〜ン、ジャ〜ン、ジャ〜ン”の過剰なストリングス攻勢も「似非エキゾチック」にしか感じられなくって、「なにをオーヴァーな!」みたいなね(笑)。でも30年の歳月を経て改めて聴いて、あ、このアレンジがあったからこの曲は成功したのね、なんて思えてきて。Aメロで終始刻む“ズンチャチャ・チャ”のリズムなんて、中近東の砂漠などには一生縁のない(笑)コンサバ日本人にとっては果てしなくエキゾチックなイメージを湧かせる魅惑のリズムであったりもして、そんなところも実に良く出来てるな〜、なんて、いまや立派な中年オヤジになった俺にとっては感心しきりのアレンジだったりするのだ。萩田光雄さん、ここでもイイ仕事してるわあ。
 続く「帰郷」もAメロで水戸黄門風リズム(ダン、ダダダダン 笑)を刻むピアノと、途中からはマンドリンが絡んで南欧風に展開する、イメージ豊かな佳曲。「ギター弾きを見ませんか」はアコギが活躍するボサノバ、「サラーム」では70年代風フュージョンアレンジにサンバと、実に多彩なサウンドとリズムでアルバム中盤もテンションが全く落ちない。
 作詞は久保田本人に職業作家の山川啓介が分け合い(または山川氏が久保田の詩を補作)、「バザール」「占い」「ジプシー」「白夜」「羊の群れ」といったキイワードで、終始エキゾチック路線を貫き、アルバムを通じてのイメージの統一感がとにかく素晴らしい。
 エキゾチック路線と言えば、70年代の終り頃に「飛んでイスタンブール(1978)」→「魅せられて(1979)」(→「ジパング(1979)」? 笑)とちょっとしたブームもあったのだけど、その路線の極めつけが「異邦人」であり、久保田早紀さんだったと言えるのかもね。
 ちなみにシングル「異邦人」のプロデューサーは、「魅せられて」も手がけたあのシカケ人・酒井政利氏だったらしい。「異邦人」のサブタイトル「シルクロードのテーマ」(ダサッ!)をつけたのも、酒井氏とのこと。
 つまりこのアルバム『夢がたり』は、当時の音楽ゲイノー界のプロたちが久保田早紀という美人シンガーソングライターを寄ってたかっていじくって(笑)作り上げた作品に他ならないということ。なるほど作詞・山川啓介、編曲・萩田光雄というメンツは、いざ横を眺めれば、当時はどう頑張っても「古臭い歌謡曲」としてしか評価されなかった(涙)太田裕美さんの同年のアルバム『十二月の旅人』と被っていたりもするわけで。ニュー・ミュージックということでチヤホヤされながらも、やはりそういったレコード会社とプロダクションのシステムの中で当時の音楽は創られていたのだな〜というのが良くわかる。
 ただ、これがこのアルバムの評価を下げるのかといえばそれは全く逆で、プロの英知が結集したからこそ、これほどに強固なコンセプトを持ったアルバムを創りえたのだと思うし、ストリングスやフュージョン系など多彩なミュージシャンを揃えてサウンドに彩りを与えられたのだと思う。とてもじゃないけど、現代の「自作自演アーティスト」には真似のできないクオリティだし、この世界がある意味、セイコをはじめとした80年代アイドル全盛時代に傑作アルバムが続出する結果につながったような気もする。つくづく、幸せな時代だったわね。。。
 あら、思わず熱くなってしまったわ(汗)。
 久保田さんの話に戻ると、闇夜に妖しい光を放つような幻想的なメロディーラインに、イメージ豊かなキイワードが散りばめられた歌詞は、俺にはどことなく昔懐かしい「木馬座」の影絵のイメージにつながるのよね。それはリアルな異国の姿ではなく、あくまでも想像・夢の世界であって、まさに「異国情緒」そのものね。「エルマーと龍」の絵本を読みながら眠りについた、少年だったあの頃そのままの、遠い異国のお話。
 だから、このアルバムのタイトルも『夢がたり』なのでしょう、きっと。ハナっからリアルな異国風景なんて、追究していないわけよね。そんなこのアルバムは、後半もまさしくファドの哀愁を醸し出す「幻想旅行」、シャンソン風ワルツで絵の中の少年に恋する妖しいメルヘン「ナルシス」、壮大でクラシカルなアレンジで「フランダースの犬」の有名なラストを思い起こさせるバラード「星空の少年」と、捨て曲なしで突っ走ります。デビュー盤でこの完成度、あまりに完成しすぎて勿体なかったわね(苦笑)。
 もともとご本人もお父さんの影響で聴き始めたイラン音楽やファドに傾倒していて、エキゾチックな音楽を志向していたのも確かなようだけど、(この辺についてはこちらのサイトの解説が詳しくて素晴らしいです。)そのイメージが「異邦人」であまりに拡大しすぎて、結局はその後の本人を苦しめてしまったようね。第2弾シングル「25時」も悪くなかったのだけどミリオンにはほど遠い最高位19位に終り、その後はしずかにフェード・アウトして、近年は“久米小百合”さんとして教会音楽を中心に商業ベースから距離を置いた音楽活動を続けているとのこと。