メモランダム〜50歳のお引越し・再出発

*〜今回は本当にプライベートな内容ですけれども、このいまの気持ちを総括して記しておきたくて書きました。テキトーに読み飛ばしていただければ幸いです。by hiroc-fontana 〜
 50歳を目前にしての引越しは、未来に向かってのスタートというような希望に満ち溢れたものではなく、それはいわば、にっちもさっちもいかなくなって、仕方なく重い腰を上げた、そんな感じでした。
 しかし、終わってみると意外に何処か“しっくりきた”印象があって、よく言われる「身の回りに起きる出来事すべては必然である」という警句をそのまま受け入れている自分がいたりします。

 今回の引越しは、私が親から引き継いだ一軒家の維持があまりに大変で、遊び盛りで時間のない(笑)独身中年にはとてもじゃないけど住み続けるのは無理…ゆくゆくは身の丈に合ったマンションに移りたい…というような愚痴を酒の席である人にふとこぼしたのがきっかけだったのですね。その相手は不動産関係の仕事でバリバリやっている人だったもので、「よし分かった、何とかする」という感じで、アレよアレよという間に仲介業者に話をつけて、あっという間に家の売却が決まってしまったのです。もちろん都度都度で私が決断を下さざるを得ない場面があったわけですけれど、どちらかと言うと私、最後まで心の中で「親の代から長いこと住み慣れた家を本当に売り飛ばして良いものだろうか」という迷いが消えなかったのです。それに、白状すればやっぱり、すべてが「面倒臭かった」(苦笑)。
 ほんの10年前、丁度このブログを開設したのとほぼ同時期に私、家をリフォームしたのです。トイレを広くしたいとか、バスタブは寝転がれるくらいのものにしたいとか、自分の希望をあれこれ取り入れて、そこそこは快適に過ごしてきた我が家。掃除やら庭の草刈りやらゴミ出しやら、維持は確かに大変でも、やはり未練はあったのです。リフォームローンもまだ残っていましたし。
 ただ、いま思い返してみると、そんな感じだからこそ、まだ建物が少しはキレイなうちに思いきって売るという賢明な決断をするには、他者の助言と強引なリードが必要だったのかもしれないな、などと思えたりします。
 実は私、今までに引越しを10回近く経験していまして、その都度不要なものは処分して来ましたから、動き始めた当初は、今回の引越しについて気楽に構えていたのです。要らないものが出てくればまた処分すれば良いし、そもそもモノは多くないはずだし、きっと身軽に動けるはず、と。でも実際に荷造りに動き出すと、祖父母の時代から遺された貴重な絵やら着物やら、それこそ記憶の奥に押し込んでいたようなものが、収納棚の奥からどっさり出てきまして大わらわ、自分のあまりの認識の甘さに愕然としてしまいました。家は売るにしても、やはり貴重な年代物はそう簡単に捨てることも出来ず、引越し間近にして、荷物の山を前に頭を抱える私がいたのです。
 それを端緒に、自分の甘さをヒシヒシと感じた、今回の転居の顛末。今回お世話になった人々の顔を思い出すたび、思わず頬が紅潮してしまう私です。
 遠方にも関わらず毎週のように我が家を訪れて、どんなに我儘で無理な相談にも嫌な顔をせずに乗ってくれ、テキパキと物事を処理して下さった仲介業者の社長。前回のリフォーム時には手を焼いた、近所でも評判の厄介な近隣住民たちを持前のバイタリティで見事に折伏させて回ったパワフルな測量士。若くして港区に事務所を構え、今も若々しさ溢れる中に控えめな態度で周囲を魅了しながら、粛々と物事を進めてくれたジェントルマンの司法書士。私とそう年齢も違わない方々の仕事のプロフェッショナルぶりと、それにも増して「人間力の高さ」に舌を巻き、「それに比べてこの不甲斐ない自分は・・・(汗)」と、落ち込むこともしばしばでした。隅々にまで気を配り、盤石に事をすすめていく彼らにお会いするたび、法律的な問題においても一般常識の面でも、あらゆる面において自分の無知さ、甘さを思い知るばかりだった私がいたのです。
 もしかすると、「家」という、ある意味“自分のアイデンティティが形に現れたようなもの”を「売る」という行為は、これまでの自分の半生がすべて第三者の眼前で白日のもとに晒され、それをプロの目を通して評価され、再鑑定(値踏み)されることに等しかったのかもしれません。「さて、この人物はどれだけ人に語れるような人生を生きてきたのかな?」というような。。。
 実を言えば時を同じくして、生業でもこれまでの自分を真っ向から否定されるような出来事が立て続けに起こったりもしまして、この数か月間は本当に精神的にもきつかったのです。(それがブログをなかなか更新できなかった理由のひとつでもあります。)齢を重ねるにつれ、いつの間に責任ある仕事も任され、何某(なにがし)かになったように思えていた自分。それがほとんど錯覚でしかなかったという現実を、仕事でもプライベートでも突きつけられるようなことばかりが重なって、“ああ、家を新しくするというのは、すべてを新しくやり直すことに通じるのだな”、と。強くそう思えたのです。
 ただその一方で、荷物の整理をする中では、親が大切にしまってくれていたアルバム(表紙に「●●」と、私の名前がしっかりと記されていました・・・)が出てきたり、学生時代の仲間と撮ったたくさんの写真(生き生きと楽しそうにしている自分がいました)や、京都に住んでいたころに職場の同僚たちからもらった懐かしい年賀状(素敵なメッセージでイッパイでした)などが出てきたりもして、それでも何とか50年生きてきた自分の半生が、決して独りよがりでつくりあげてきたものではなく、確かに様々な出会いに支えられて出来上がったものでもあったのだなあ、と、沁みじみ思えたりもしました。 その意味では、今回の転居に携わってくれた人々との出会いも含めて、これまで本当にたくさんの素敵な出会いを引き寄せられた自分は(いくらダメ人間だとしても)、それはそれでラッキーだったのかもしれないと、最後はそう思えたのです。
 そんなわけで、今回の引越しは、まさしく自分の半生の棚卸しであり、そしてこれからどうして生きていくのかを考えさせられる神様の贈り物だったような気がしています。
 残された時間はあと20年?あるいは30年??
 まだ時間はあるはずですよね(笑)。頑張らなくっちゃ。