裕美ポップの最高峰〜「恋のハーフムーン/ブルー・ベイビー・ブルー」


 ゴールデンウィークももう終わりですね。本当に日々が矢のように過ぎ去っていく感じ・・・特急電車から窓の外を見ているような感覚です。
 皆様はどんな連休を過ごされたのでしょうか。
 
 さて、今回は久しぶりの太田さん。1981年3月21日発売の20thシングルで、太田裕美さんがシングル曲をサイクルで発表していた時期としては最も売れなかった(最高位81位、売上1万枚・・・涙)この作品を取り上げます。「恋のハーフムーン」。
 作詞は松本隆氏、作編曲は故・大瀧詠一氏、ストリングスアレンジに松任谷正隆氏という超豪華ラインナップ。松本・大瀧ラインは前作「さらばシベリア鉄道」に続いての起用で、最高位70位ながら結果はロングヒットで彼女のメイン活動期後期の代表曲にもなった同曲の高い評価を受けてのもの。萩田光雄氏のアレンジだった「さらば〜」に対して、この「恋のハーフムーン」は大瀧氏自らがアレンジに加わって、太田さん曰く"まるで押し寄せる大波のようにナイアガラ・サウンドをたっぷり入れて下さいました。いやあー、とっても豪華で楽しいレコーディングでしたね。(「太田裕美白書」より)"というほど、気合いの入った、まさに太田裕美史上最高とも言える「音壁」サウンドが出来上がっている。
 でもね、発表当時は俺、この曲の良さが全然わからなかったの。前にも記事にしたことがあるのだけれど、太田さんは元々歌い方にとてもクセがあるタイプの歌手だと思うのよね。たとえば「Ah〜」と声を伸ばすと「あ〜〜」と"ン"音がもれなくついてきて、やたらと甘ったるく聴こえたり。はたまたニヤケたように頬っぺを引っ張って発音する癖があって、「アイウエオ」が「エイウエア」(笑)に聴こえちゃったりする。そんな歌いグセがこの「恋のハーフムーン」のボーカルではことのほか強調されているような気がして、ファンの俺でも"これは、万人受けしないよな"なんて、当時から思っていたのだ。(結局、セールス的には惨敗・・・。)
 でもこれが発売後35年目になった今聴いてみると、驚くほど新鮮で、ビックリしちゃってね(音源はもちろんハイレゾウォークマン)。ポップスとしての完成度が物凄い。オープニングから、ハープ、ブラス、ストリングス、耳元でシャカシャカと細かく刻むアコギにクールなエレキのオブリガートが束になって押し寄せて来て、そこに乗る太田さんの甘い声もまるで楽器の一部になっている感じ。一聴して捉えどころがない独特の浮遊感が漂うメロディラインは、甘ったるい太田さんの声によってより強調されて、まさに朧げな半月の青い光が漂っているかのよう。印象はポップスとしての明るさをとことん強調しながらも、その裏には朧月夜を嗜む日本人の心の琴線に触れる"侘びサビ"もしっかり入っている。そこが凄い。
 1981年と言えば、秋には聖子さんがナイアガラ・サウンドの名盤『風立ちぬ風立ちぬをリリースした年。そこに収録された「一千一秒物語」は、聴き比べてみるとよくわかるのだけど、"♪ 空にペーパームーン 銀のお月様〜"で始まる、「恋のハーフムーン」の世界観をよりアイドル仕様に再構築したような曲。ここでももちろん大瀧御大は編曲も手掛けているわけだけれど、"和製コニー・フランシス"とも称された聖子たんにはその引きのあるボーカルを中央に据えた、どちらかと言えば大人しいアレンジを施していて、声をサウンドの一部としているかのような太田さんの場合とは全く違ったアレンジ手法を用いているのも興味深いところ。そんな意味でも、筒美さん松本さん曰く「実験場」と言われた太田さんが、大瀧さんにとってものちに出会う"松田聖子"というビッグ・プロジェクトのプロトタイプのような存在になっていたのかもしれない、と思うと、両者のファンとしてとても嬉しく思えたりする。
 そしてこのシングルのカップリングは同じメンバーによる「ブルー・ベイビー・ブルー」。こちらもコアな裕美ファンの隠れた人気曲。どこを切り取っても大瀧詠一という作りで、終始煌びやかでドリーミーな「ハーフムーン」に対して、タイトル通り憂い漂う裕美さんのボーカルが際立つ曲。発売当初は俺、こっちの方をシングルにすればいいのに、なんて思ってました(苦笑)。でも、今聴くと、同年の末には活動を休止してアメリカに旅立つ太田さんの"心の迷い"が随所に感じられる、どことなく生気のないボーカルが痛い気もして、ここは太田裕美さん全作品を見ても随一とも言えるハデで迷いのない痛快なポップス「恋のハーフムーン」で攻めた太田さんとスタッフの心意気を買いたいですわ。

↓ご参考まで。聴き比べてみてね。「一千一秒物語」。