愛聴盤6『ガラスの鼓動』斉藤由貴

ガラスの鼓動+シングルコレクション
 斉藤さんのセカンド・アルバム。1986年3月発売。オリコンアルバムチャートで1位にもなった。先般、シングルコレクションとの抱き合わせでめでたく復刻されたので、それを記念して今回レビューします。
 当時、本当によく聴きました、この作品。今思えば、この時期はセイコさんが出産休養に入っていたし、アイドルシーンはおニャン子だらけでついていけなかったしで、斉藤さんが俺にとってある意味「心の拠り所」だったのよね。デビュー曲から松本・筒美ラインの名曲に恵まれていたところも、太田裕美さんを彷彿とさせるところがあったしね。でもこの作品を聴き倒した最大の理由は、それら諸々の「環境要因」はあったにせよ、とにかく良く出来たアルバムだった、というのがイチバンだったようにも思う。斉藤さんの場合、3rd『チャイム』も4th『風夢』も、アルバムとしての完成度はとても高いのは間違いないのだけど、俺にとってやっぱり愛着があるのは、この『ガラスの鼓動』だ。初期の斉藤さんが醸し出していた、ある種の神聖ささえ漂う「バージニティ」と、一方でのちの彼女の作品に色濃く反映されることになる(実力派女優ならではの)したたかに計算されつくした「演劇臭」とが、この作品ではバランスよく同居しているような気がするのだ。
 斉藤さんのボーカルは、巧いのか下手なのかが良くわからない微妙なラインにあって、そのフレが特徴でもあるように思う。特に初期のボーカルには、合唱で一生懸命に発声練習をした女学生のように丁寧に歌い上げた楽曲(何より美しいファルセットが素晴らしい)と、まるでメルヘン少女たちのおしゃべりのような、発声も音程も後回しにした、ある意味ニュアンス一本で勝負するような楽曲(作品を追うごとにこちらが主流になる)とが混在していて、荒削りだけれども原初的なパワーに溢れているような気がするのね。シングルでいえば、アイドルポップス的な「悲しみよこんにちは」や「青空のかけら」あたりが売り上げのピークであったわけだけど、これら作品は正直言って、丁寧に歌い上げるにもニュアンスを出すにも難しい曲たちであって、今聴くと斉藤さん、かなりぶっきらぼう(笑)に歌っていたりする。そんなところもまた彼女の「味」だったりもするのだけどね(笑)。
 さて、この『ガラスの鼓動』は、そんな斉藤さんの魅力あふれるボーカルと、1曲を除きほぼ全編にわたってアレンジを担当した武部聡志さんの繊細な音楽センスが光る名盤。作家陣も豪華で、谷山浩子崎谷健次郎来生たかお亀井登志夫、そして言わずと知れた筒美・松本の両「大先生」らが名を連ねている。余談だが同時期に少し遅れて発売された聖子さんの傑作アルバム『SUPREME』(86.6月)と作家陣がかなりダブっていたりして、もしかすると『SUPREME』では松本さんつながりでの起用だったのかな?などと勘ぐったりするのだけど、その辺どうなのかしらね?それはともかく、何よりこのアルバムで初めて手がけたという斉藤さん本人の自作詞がとにかく秀逸で、その言葉選びのセンスはすでにアマチュアの域を優に超えていて、驚かされます。そんなわけで、大好きなこのアルバム、少々長くなりますが、全曲紹介しちゃいましょう。

 武部さんの上品なストリングス・アレンジのインスト曲。それにあわせて斉藤さんの自作詞を読んでください、というちょっと一方的な企画で、何となく学園祭発表や何やらで演劇部女子が考案しそうなオープニング。正直、私はこの辺のノリは少々苦手でしたわ。

  • 月野原(詞:斉藤、曲:崎谷健次郎、編:崎谷・武部)

 斉藤さんの幻想的な詩と丁寧なボーカルが堪能できる1曲。『ガラスの鼓動』というフレーズがこの曲の中に出てくる。素晴らしいインスピレーション。

 良くも悪くもその後の斉藤由貴の路線に大きな影響を与えたのが谷山浩子さん。メルヘン少女趣味の総帥のようなお方です。このリアルなようで虚構に満ちたちょっと独りよがりな世界は、斉藤さんの女優魂を強くシゲキしたと見えて、まるで一人芝居を見ているかのような出来栄え。のちに12インチシングルも発売された。

 第3弾シングル。松本さんは「卒業」以来、斉藤さんに古風な女学生のイメージを投影し過ぎていて、斉藤さん本人はちょっとそれに辟易していた部分もあるのかも?やる気まんまんな「土曜日の〜」と比べると、この曲での斉藤さんは借りてきた猫というか、ちょっと主人公と距離を置いているように聞こえなくも無い。とはいえ、爽やかなジュブナイル・ソングの名作のひとつではあります。

  • 情熱(詞:松本、曲:筒美、編:武部)

 第4弾シングル。雪の駅での別れ、という松本氏得意のシチュエーション。下手するとちょっと古臭い青春歌謡になってしまいそうなところを、武部さんのイマジネーション豊かなアレンジが救っている感じ。一方、由貴さんのボーカルは「初戀」とは打って変わってとても表情豊かで、若い男女の別れのシーンが鮮やかに再現される。後半部分のファルセットや、ラストの「じょお〜ねつ、じょほ〜っねつ」の連呼には思わず鳥肌が立っちゃう感じ(笑)。この曲、シャンソン歌手のクミコさんが取り上げて、それがスゴイと評判になって、それがきっかけでクミコさんはのちに松本プロデュースでアルバムを出すことになった。

  • コスモス通信(詞:松本、曲:来生たかお、編:武部)

 少女趣味全開のポップス。エンディングでの「ラララ・・・」のハミングが、本当に後ろ手に手を組んだ斉藤さんがスキップしながらハミングしているように聞こえる。なんだかコワイ。

  • パジャマのシンデレラ(詞:田口俊、曲:亀井、編:武部)

 朝のまどろみの中での、夢うつつの世界。斉藤さんのボーカルもまったりと、少々寝呆け気味。

  • お引越し・忘れもの(詞:斉藤、曲:亀井、編:武部)

 トラックのアクセル音のSEから始まるアップテンポのポップス。七夕の日に男友達が引っ越していく。ワタシ、ホントはアナタのコト好きだったのよ。忘れものになったワタシです。というプロットの勝利。斉藤さんの自作というのにビックリ!活き活きとしたボーカルがいい。

  • 海の絵葉書(詞:松本、曲:筒美、編:武部)

 シングル「初戀」のカップリング曲。哀愁味を帯びたミディアム・ポップスで、詞曲ともにいかにもヒットメーカーの作品らしい完成度なのだが、こういう曲になると斉藤さんの気負いが邪魔して歌が一本調子になってしまうのが残念でもある。とはいえ実は当時俺のイチバン好きな曲でした。

  • 今だけの真実(詞:斉藤、曲:MAYUMI、編:谷山)

 この曲は女優としての斉藤さん面目躍如という感じの鬼気迫るボーカルが凄い。作詞も本人で、まさに入魂の1曲であったに違いない。海辺の小さな部屋にふたりだけ、というシチュエーションなのだが、俺にはその部屋はサナトリウムで、この二人はそこの患者なのでは?と思えて仕方がないのだ。なんだか、いかにも斉藤さんが仕掛けそうでしょ(笑)?ちなみに作曲はMAYUMIこと堀川まゆみで、当時は斉藤さんをはじめ多くのアイドル歌手に曲提供していたアーティスト。