クワイエット・ライフ

 俺の職場に、60代のご婦人が二人いる。
 ふたりとも声がやたらとデカいうえ、いちど話し始めると止まらない。結論の出ない話を延々と続ける。
 聞くところによると、人と話をするとき、男性の場合は結論を求めるが、女性は、結論などどうでもよく、共感を求めることを第一目的に話をするのだそうだ。
 二人は俺のデスクのすぐ近くに座っている。
 俺が大事な電話をしていても、集中して会議の資料を読んでいてもお構いなく、唐突に二人の「大声での」「非生産的な」会話は始まり、それが延々と続く。
 思わず俺は耳をふさぐ。
 しかし彼女らには、そんなアピールも通用しない。とにかく話すことに夢中になっているから。
 ここまで読まれた方は、なぜ、「静かにしてください!」と俺が言えないのか、疑問が湧くでしょう。
 困ったことに、そのご婦人の一人は、俺の上司なのだ。だから、言えないし、言いたくもない。「声の大きさは、正直で陽気な性格の現れなのよ。直したくても、直らないの。」なんてことを、本気で思っていること間違いなし、の人だから。
 そのうえ、そんな彼女らのムダ話に加勢する輩(♂・30代後半・去年子供が生まれたばかり)もいて、それが俺の部下だったりするから、困るのだ。彼は彼なりに、俺のピリピリした雰囲気を感じ取ってすぐに口を閉じるのだが、元来女性とのお喋りが大好きなチャラ男だから、仕方ない。俺も、女上司との確執の緩和剤として彼に助けてもらっている部分もあるので「あの女と喋るな」なんてこと、彼には言えない(笑)。
 おそらく、彼女らは、家でも毎日、旦那や家族にマシンガンのように話しをぶつけ、そして疎まれているのだろう。だから、職場で少しぐらいうるさがられても、慣れっこなのだろう。
 一方で、一人暮らしを始めて30年の俺は、誰とも話をしない毎日に慣れ過ぎてしまったがゆえ、絶え間なく聞こえてくる女性のキンキン声がすっかり苦手になってしまったようだ。妻子持ちである部下のチャラ男くんが時折、オバさま二人の大声会話を全く意に介さず仕事に集中していたりするのを見るにつけ、独身生活をあまりに長く続けてきた弊害を感じずにはおれない、自分なのだ。
 今年の正月、親戚で集まったとき、ここ数年のうちに立て続けに産まれた甥っ子の子供たちのあまりの可愛さに「ああ、こういう賑やかさもたまにはいいよな〜」なんてことも「一瞬」思ったりもしたけれど、しばらく子供の相手をしているうちに「ああ、早く、誰もいない我が家に帰ってひとりになりたい・・・」と考えている自分に呆れたりもした。
 静かな環境が欲しい。家でも、職場でも。それは、贅沢な願いなのだろうか・・・。

Quiet Life

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静かな生活 (講談社文芸文庫)

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