『FIXER』

FIXER(初回限定盤)(DVD付)

FIXER(初回限定盤)(DVD付)

 やっと、腑に落ちました(笑)
 6年4カ月ぶりの新作オリジナル。最初は正直ちょっと違和感があって、前作『DIVADIVAがあまりにカッコいい痛快作だったのでちょっと期待しすぎていたからかも知れないけれど、聴くほどに、“アキナのいま”が最大限に表現された作品に思えてきた。
 オープニング作でタイトル曲「FIXER-WHILE THE WOMAN ARE SLEEPING-」からいきなり英語詞&EDMサウンドで、これは昨年1月発売のシングル「Rojo-Tierra-」サウンドメイクからも容易に想像できた展開なわけだけど、これを安室ちゃんの2番煎じだとか、いや明菜はずっと前から洋楽志向で安室ちゃんこそそのフォロワーだとか、今更グダグダ言うつもりはない。ただひとつ言えるのは、明菜のオリジナルアルバムでのこうしたいわゆる“非・歌謡曲”的な展開は『DIVA』のみならず前前作『DestinationDESTINATIONはじめ、その前からもず〜っと、あったわけで、6年のブランクのあともやっぱり明菜は明菜のやりたいことをしている、それだけの話なのだろうな、なんて思う。
 ただね、この新作、前半はそうしたトンがったサウンドで「おっ」と思わせておきながら、中盤5・6曲目に並んでいるシングルカップリング曲「La Vida」「雨月」あたりからはラテンサウンドや低音の“ジットリバラード”といった、“いかにもアキナ”な曲ばかりが登場して、まあ、コアなファンにとっては色々な意味で明菜復活が感じられる嬉しい作品ではあるだろうけど、どうも俺みたいに“聖子のアンチテーゼ”的な存在として明菜を聴いているファンからすると、この作品、全編がニュー・アキナ的印象だった『DIVA』と比べると、前半から後半に行くに従って曲がどんどんフツーになっていくように感じられてちょぴり“クールさが足りない”、そんな風に思えてしまったのよね。。。まあ、それも最初のうちだけで、聴き慣れるにつれて「なんて流れの良い曲順なの!」と逆に感動したりしているのだけどね(と、フォロー 汗)。
 それともうひとつ、昨年の紅白は劣化した聖子たんの歌唱に話題騒然だったけど(苦笑)、やはり明菜さんにとっても6年のブランクはかなり、声に影響があったのかも、とも思えたのよね。たしかに2000年代中盤ごろのガサついた声から比べれば休養のお蔭か、声がずいぶんとマイルドに変わって、低音でもフッと力を抜いたなめらかなファルセットを使って歌う曲が多くなっていて、それは一つの進化なのかも知れないけれど、全体的にどうもボーカルにパワーが感じられない気がしてならないのよね。例えば低音で「ウァッ」と唸るような発声や、明菜の持ち味でもある「え〜ぇぇぇぁぁあああ」という吠え吠えのロングトーンは、その片鱗がたまに聴こえるだけ。そこが最初はどうも物足りなくて、最初なかなか「腑に落ちなかった」原因のひとつでもあったのね。
 でも、腑に落ちた(しつこい?(笑))今は、こうも思えてきたの。
 2016年の今、彼女のボーカルは、ハスキーなウィスパーとしてはマイルドで格段に聴きやすくなっているし、その分繊細なニュアンスも痛いくらいに伝わってくるけれど、これはレコーディングスタジオという“密室空間”でこそキャッチできる微妙なラインにあって、もしかするとこのアキナのボーカルは、観客を前にしたライブでは、もともと再現するつもりがない(本人がそう思っている)のではないか、とね。(中でも「La Vida」の密室感、音の密度の濃さがスゴくて、圧倒される。)
 もちろん、声量も声の張りも、6年のブランクがあれば全盛期のものを求められたら、その再現は難しいのは確かで。
 だからね、やっぱりこれからの明菜さんは、パワー唱法を求められたり観客の反応に惑わされることのない「スタジオ」で、思う存分歌うこと(言葉に思いを込めて表現すること)に集中しながらレコーディングに専念する「レコーディング・アーティスト」として、マイペースでもいいから定期的に自分の納得するアルバムをリリースしてくれればいいのかもな、なんてことも思ったりしている。
 ところでこの新作、そんな明菜の内省的なボーカルとは裏腹に、それぞれの曲の中に、「生きる」「ひとりじゃない」「輝きに満ちる」「光を求めて」「心を解き放つ」など、驚くほど前向きなキイワードが散りばめられていて、そんなところからもどこか、彼女の心の中に余裕が生まれ、そして創作意欲が再び沸々と湧きだしてきていることを感じさせてくれる。聴くほどにそれがわかってきて、やはり“アキナのいま”が最大限に表現された作品であると、最後は確信した次第。
 さて「FIXER」というタイトルは色々な意味が込められているようだけれど、良く言われるフィクサーという裏の意味よりもむしろ、定着剤(色を安定させる薬剤)的な意味を重視したものかと。安定感とか。相反するものをそのままに受け止めて、それぞれにとって相応しい場所に落ち着かせる、とか。アルバム全体の構成がそれを物語っている気もするし、そういった状態こそが、いま明菜自身が求めていること、なのかも知れないよね。
 アルバムチャートでは見事トップテン入り。まずはめでたし、めでたし。