徒然なるままに聖子。

 ジャズアルバムに続いて、6月には“いつもの”ポップスアルバムの発売を予定しているという聖子さん。

Daisy(初回限定盤A)(DVD付)

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 その後はそのアルバムタイトル『Daisy』を冠したコンサートツアーで稼ぎつつ、プロモの為のテレビ出演をポツポツとこなして2017年の営業は終了、みたいな感じ?(あ、あとディナーショウと紅白(お呼びがかかれば!)がありますね。)
 というわけでおそらくジャズのサプライズ以外は表面上は頑なに“いつもの”スケジュールをこなすばかりに見える聖子さんなのだけど。冷静に眺めてみると、デビューして40年近い歌手が毎年ニューアルバムリリースとコンサートツアーを恒例行事のように繰り返すということ自体、スゴイことなのよね。そのうえ、31周年コラボの竹内まりやに始まって、その後もCHARAユーミンYOSHIKI、果てはボブ・ジェームスクインシー・ジョーンズまで。一時のセルフ一辺倒から、ここにきて確実に挑戦の幅が広がっている感じ。その極め付けが今年のジャズ・サプライズだったわけだけど。SEIKO JAZZ(初回限定盤B)
 だけどねえ。
 聖子さんが頑張っている割に、何だか、80年代の全盛期に比べて「やった!」という感じ、本当の意味でのサプライズ!が感じられないのは何故なのかしらね。ふとそれを考えてみたのだ。もしかしたら聖子さんって、日本の写し鏡なのかもな、なんてね。
 この国自体が成長期だった80年代から40年近くが経過して、すっかり成熟しきった日本、もはやあの頃のような目覚ましい発展は見込めないにも関わらず、相変わらず平和と繁栄が未来永劫続くことを単純に信じきって、いま目の前の幸せを満喫している私たち。やれ東京オリンピックだ、インバウンド景気だとか言っても、未来のない“から騒ぎ”なのかもしれないのにね、本当は。
 街はどんどん新しく生まれ変わって、便利になって、次々と新しいことが起こっているのに、その新鮮さは、あっと言う間に過去になって、すぐ消える。ただ、加速度的に時間が流れていくだけ。過去の反省も、未来への希望も、確かなものは何もなくて。それでも世の中は回り、何となくキチンと成立している、あやふやで不思議な国ニッポン。(バブルはどこに行った?失われた20年はどこに行った?そんなに日本って、回復してるの??)
 
 デビュー37年目、50代後半になった聖子さんも、同じだと思わない?
 最早ピークはとっくに過ぎて、どれだけメンテナンスを加えたとしても、いつまで歌えるのかわからない。でもこのハッピーな「今」が続く限り、その流れに乗ってひたすらそれを輝かせることを、反射的に選んでしまう。そこには理屈はないのよね、きっと。過去はあるけど振り返らない。未来はもちろん、ない(笑)。こうして「今」が、あるだけ・・・。
 
 まあそんな感じで、成熟しきって何ら発展性も伸びしろも感じられない6月発売のセルフ新譜ですが(苦笑)、まさに2017年の(今の)聖子さんがレコーディングしたのだという、その「現在進行形」の中にちょっとしたシゲキを感じつつ、また今年の夏を過ごし、聖子さんと一緒にまたひとつ歳をとる、聖子ファンの私たちなのですね(笑)。
 何だか連休疲れで、いつになく、とりとめない内容になってしまったわ。ゴメンナサイ。