セイコ・アルバム探訪2017〜『SEIKOJAZZ』

SEIKO JAZZ(通常盤) 最初は期待した分だけ少し、肩透かしを喰らった気分。すべて想定内、という印象でね。振り返れば、この企画の前哨戦とも言うべき缶コーヒーのCMをはじめ、近年の聖子さん、アルバム作品の中でもシックな英語詞のバラードをポツポツと披露してくれていて(「I Reach For You」とか「You Raise Me Up」とか)、今の枯れた声で今回のアルバム収録曲に近いイメージの曲を歌ったとき“だけ”(←ここが肝心ね)、俄然、醸し出される「高値感」「しっくり感」は、コアなファンなら分かり切っていることでもあったのよね。そんな意味では、このアルバムのエッセンスは、かなり前から少しずつ小出しにされてきたもので、だからこそ想定内であって、企画そのものは斬新でも、いざ聴き始めれば何となく物足りなさが感じられたのは事実で。
 何よりもね、この作品はいわゆる“ジャズ”ではなくて、あくまでもジャズ風なアレンジで聖子さんが歌うスタンダード・ポップス集なのよね。あのセイコが、いよいよ本格的な(小難しい)ジャズに真っ向から挑戦しました、というようなものではなかったわけで。ジャズという音楽ジャンルは、ある意味アメーバのように何でも飲み込んでしまうものという印象もあるけれど、狭義で言うところでは「ジャズ=即興的音楽」と言われているわけで、しかしそんな要素はこのアルバムには皆無なのね(苦笑)。その代わりに、スタンダードなメロディをただまっ直ぐに真摯に辿り、再現していく聖子さんがいる、ということなのね。そこが少しばかりガッカリしたわけ。俺としては。
  
 とはいえ。
 プロデュースを務めた川島(重行)さんは今回の聖子さんのレコーディング時のパフォーマンスを雑誌でベタ褒めしていてね(今回初めて、100%満足できるレコーディングに立ち会えた、とかいう話ね)。それはマーケティングの意図を含んでいることを割引くとしても、なぜそこまで褒めそやすのか、最初は意味がわからなかったのだけど、何度も聴くうちにそのことがやっと少しずつ、わかってきた俺なのだ。そう、何やかんや言って、何故か何度も繰り返し聴きたくなる不思議な魅力がこのアルバムにはあるのよ。(だからね、最初はイマイチと思えた方も、ぜひ諦めずに聴いて欲しいと思ってる、今は。)
 
 さてここからはhiroc-fontanaなりの評価。
 この作品での聖子さん、ジャズボーカルと言うにはあまりにオーソドックスな歌い回しなのに、しっかりと個性を発揮出来ているのよね。それはまさに、タイトル通り『SEIKO JAZZ』。聖子さんの、聖子さんだけの、ジャズ。まあそれは“良くも悪くも”という個性には違いなくて、例えば、英語の発音は丁寧だけれども、やはり少し不自然で、ときにうるさく感じられたりするわけね。ただ改めて感じたのは、この人はリズム感と音程が驚くほど安定しているな〜ということで、フォービートに乗せてゆったりかつ適確に落とすべきところに音を置いていく、その優雅な歌いっぷりは見事に“ジャズ”していて、そこは40年間第一線の歌手として活躍してきた彼女だからこそ出せる味なのかな、と。そして歌い出しに込める濃い目のニュアンスは、これこそまさにオンリーワンのセイコ節だったりしてね。
 最近の聖子さんは枯れた味わいに加えて、シルクのようなファルセットの繊細さが魅力なので、俺はそこをかなり期待していた部分もあったのだけど、今回そこは敢えて封印。(↓しなやかなファルセットのサンプルは「ONE OF THESE DAYS」。今回のアルバム通常盤ジャケットと同時期に撮影されたと思われる幻のPV。HMさん情報提供ありがとうございました。)

 アレンジャーのデビッド・マシューズ御大はおそらくファルセットではなく、特に聖子さんの低音に特徴的な、ハスキーな声色を強調したかったのかも、と思えたのだ。そして、彼女はそれに見事に応えて、低音中心のアレンジに乗って存分にスモーキーな声の魅力を発揮している。
 いざジャズボーカルの歴史を紐解けば、まるで声を楽器のように使って縦横無尽にアドリブのフレーズを繰り出す型(主にアフリカ系シンガー)が幅を利かす一方で、歌い方はオーソドックスながら、声の魅力で聴かせる型(主に白人)のシンガーの系譜が確実に存在していて、制作側は恐らくは聖子さんに後者のシンガー達と同じ魅力を感じたのだろうな、と思うのよね。ヘレン・メリルとか、ジューン・クリスティとかね。(↓サンプルはジューン・クリスティさん。ハスキーながら爽やかさのある歌声が魅力。)

それに加えて日本人らしい繊細さとキュートさ(発音の拙さ含めてね 苦笑)を備えた聖子さん、その飛び抜けたボーカリストとしての個性とオンリーワンの魅力に賭けた、というのが、今回、名門ジャズレーベル・ヴァーヴとの契約成立にまで至った驚きのニュースの背景にあったのかもな?なんて思ったのだ。

 まあ、アメリカではスルーされてしまう可能性は否定出来ないものの、何が売れるのかまるで予想出来ないこの時代(由紀さおりさんとかPPAPとか)、万が一にでも話題になったらと想像するだけで楽しいし、いずれにせよ、この路線がより良い方向に展開した形での“次作”が早くも聴きたくなってきているということは確かで。
ファンとしてはまず、聖子さん、今回もサプライズありがとう!(そして良いアルバムをありがとう!)そう、言ってあげたいわ。(アンチが訳知り顔で何を言おうともねっ!)

SEIKO JAZZ(初回限定盤A)

SEIKO JAZZ(初回限定盤A)