愛聴盤3「Touch me,Seiko」

 松田聖子のシングル「青い珊瑚礁」から「Rock'n Rouge」までのシングルB面ばかりを収めた編集盤(1984年発売)である。好アルバムが数多くある聖子だけれど、俺としてはこの編集盤こそが、特にお気に入りの1枚。
 今さら言うまでもなく、80年代前半〜中盤、全盛期の彼女の作品はシングル・アルバムを通じて総じてクオリティが高いのだが、このシングルB面集を聴くと、改めてそれを感じさせられる。おそらくシングルB面には、A面候補曲の選外作品が収録されるからだろう、曲の粒立ちがとても良く、かつまとまりのある作品集になっている。難を言えば、足掛け5年間の曲が収録されているため、曲によって聖子の声や歌唱法の違いがあり、多少の違和感があることくらいか。
 アイドルがその全盛期にシングルB面集を発売してしまうことは、「型破り」の出来事である。当時のスタッフの聖子作品に対する並々ならぬ自信を感じずにはおれない。その上アルバムとしてのクオリティを保ち、かつ売れてしまったのだから(アルバムチャート1位獲得)、恐るべし。企画の発端としては、「ガラスの林檎/Sweet Memories」の両面大ヒットによるところが大きいと思うが、それまでにも彼女は両A面扱いのシングルをかなりの枚数発表していたし、またB面曲にはアルバム未収録作品も少なくなかったから、まさにこのアルバム、「満を持して」の発売であったに違いない。(実際、俺もこのLPを発売日に購入したのだ。)
 さて、このアルバムが並の企画盤と違うのは、結果的に呉田軽穂ことユーミン作品が全体の半分近い5曲を占めてしまったことだ。松田聖子のオリジナルアルバムでもこれだけユーミン曲が集中することはそれまでには無かったことで(『Seiko Train』というユーミン作品集がリリースされたのはこの翌年である)、それだけでこのアルバムのまとまり&クオリティは保証されたようなもの。またそれ以外にも財津和夫2作品「レンガの小径」「愛されたいの」が小品の印象ながら聖子の陰影のあるボーカルが冴える逸品で、アルバム構成上重要な位置を占めている。また、細野晴臣によるキュートなデジタル・ポップ「わがままな片想い」は絶妙なアクセントで彩りを添えており、そんな1枚のアルバム作品としての構成が、とても良いのである。
 改めて通して聴き、気づいたことがある。それは意外に失恋系の曲が多いこと。聖子のA面曲はほとんどがラブラブな恋人同士を歌ったポップソング、というイメージが強いだけに、その裏(B面たち)で展開されていたこの仕掛けは意外な発見であった。そして、それこそがこのアルバムを単なる編集盤ではない、独特のカラーを持った「作品」たらしめている大きな要素であるように感じたのである。

  • このアルバムこの1曲「マドラス・チェックの恋人」

 82年7月「小麦色のマーメイドカップリング。太陽照りつけるヨットハーバーの雰囲気。とても夏らしい1曲だ。A面「小麦〜」もそうだが、松本隆のリゾート感覚溢れる詞に、ミディアムスイングの上品なユーミンのメロディーが組み合わさると、何ともハイソなイメージが完成。ここでの聖子はお嬢様だ。「マドラスチェックのブレザーを着たかっこいい青年に、ヨットのクルージングを誘われたけど、思わず断っちゃったわ。でも、やっぱりあの時、私ときめいてたのよね。もう一度会いたいけど、多分もう二度と会えない・・。」みたいな(どーでもいいような)淡ーい感情を歌っているのだが、コルネットを効果的に使った、まろやかで抑え目なアレンジに、聖子の軽めのボーカルが心地良く乗り、地味ながら完成度の高い1曲に仕上がっている。そして、こんなちょっとワガママな、だけどピュアで、いつも揺れ動いている女の子の気持ちを表現させると、(この時期の)松田聖子は、ホントに上手だな、と思う。鮮やかなスライド写真を見せられた時のような、「凝縮された一瞬」を感じる1曲。