愛聴盤4〜『I do,You do』太田裕美

hiroc-fontana2006-01-08

 新年最初ということで、今更ながらのマイフェイバリットアルバムについて書こうと思う。長くなっちゃうでしょう、たぶん・・・
 1983年10月リリースのこのアルバム、誰がなんと言おうとJ-Pop史上に燦然と輝く傑作である、と断言させていただく!とにかく全曲、詞も曲もアレンジも素晴らしい。発表の前年、単身渡米した太田裕美が、かの地で得たインスピレーションに刺激されて、その隠されていた才能を縦横無尽に表現しつくした作品と言える。後にも先にも、これほどまでに才気溢れた太田裕美は、いない。この作品、後に彼女の伴侶となる福岡氏が初めて全面的に関わったものでもあり、その相性の良さが伺える作品とも言える。
 詞は、山本みき子(のちの銀色夏生)が10曲中8曲を手がけていて、民話やおとぎ話にも通じる、可愛らしくて少し残酷なその独特の詩世界が色濃く出ている。(「満月の夜君んちへ行ったよ」「お墓通りあたり」などが顕著。)また、コミカルな「パスしな!」や「移り気なマイ・ボーイ」などを中心として、ファニーヴォイスの持ち主たる太田裕美の魅力が存分に味わえるほか、彼女の持つ「イジワルさ」のようなものが見事に引き出されていて、これは松本隆が全盛期の彼女をして終ぞ引き出しえなかった「こけてぃっしゅ」な魅力そのものなのである。とにかく、山本(銀色夏生)と太田裕美の相性も抜群なのだった。
 もう一人の詩人はフォークシンガー下田逸郎。この時期の太田裕美のテーマでもある「ロンリー・ピーポー」(パートⅠからⅣまである)の作者であり、そのパートⅡ・Ⅲがこの作品に収められている。ロンリーピーポー(Lonely People)とはつまり、孤独を知った個人(オトナ)こそが、二人になったときにより良い関係を築くことができるのだ、ということ。アルバムタイトル『I do,You do』(あなたらしく、私らしく)は正しくこのテーマに添っているのだ。これこそ、単身渡米の生活で太田裕美本人が感じてきたことでもあり、その後の彼女のどこかクールな、それでいてしっかりと地に足のついた人生の基礎となっているはずだ。シングルカットされた「ロンリー・ピーポーⅡ」の詞で俺の大好きなフレーズを紹介しよう。

並んだ舟の灯りがひとつに重なってから
スローモーション さりげなく左と右に離れる
優しくなぐさめるより 冷たく強がりあって
ポツンと輝いたなら きれいに哀しくなれる

これ、何だか、ゲイの応援歌のようにも思えちゃうのだ。それは孤独な道だけれど、凛として生きていこうよというような、ね。
 さて、曲とアレンジについて。彼女自身の作曲が10曲中半数を占める。その出来が素晴らしいのだ。確か、発表当時のラジオで太田裕美さんが話していたような記憶があるのだが、このアルバム全体に言えるのは「和」のメロディーの強調だ。アメリカで生活して改めて知った、自分の中に流れる日本の血、そして音楽。このアルバムの作品の多くで日本の音階(いわゆるヨナ抜きみたいな)が使われていたり、そこまでいかなくともサビやAメロで思いきり切ない「わらべ歌」調のメロディーが出てきたりする。
しかし、よくよく考えてみると、それまでの太田裕美の音楽を形成してきた筒美京平こそ、洋楽エッセンスの中に巧妙に「日本のメロディー」を表現してきている第一人者なのであり、それをより強調した形で太田裕美本人がオマージュしたのがこのアルバム『I do,You do』だ、と言えなくもない。彼女のヒット曲「赤いハイヒール」や「しあわせ未満」「ドール」などを聴けば、それら筒美作品のメロディーラインに懐かしい日本の風景、わらべ歌的世界が流れていることに容易に気付く。そうした見方をすれば、太田裕美イメージを破壊したようなこの作品も、詞といい曲といい、実は70年代のヒット歌手であった頃の彼女を、一皮剥けた80年代の彼女が再構築したもの、という位置付けをしても的外れではないように思えてくる。
 サウンド的には全面テクノ調のシンセ・ポップだが、木魚が出てきたり(「お墓通りあたり」)、ラテンパーカッションや犬の遠吠え(「満月の夜〜」)といった遊び満載で、決して単調ではないのは、当時乗りに乗っていたアレンジャー大村雅朗のセンスと、ラテン、変拍子、レゲエなど曲毎にリズムのバリエーションが多彩であることにもよるのだろう。
 そして、ヴォーカル。70年代のフンワリとした味わいは随所に残っているものの、この作品での太田裕美のヴォーカルは芯が強く、明るく突き抜けていて、以前とは明らかに変化している。ほとんどノンビブラートのその唱法は、コケティッシュを通り越してボーイッシュに近い。それが、山本みき子が作り出すアッケラカンとした女子像とマッチして、実にすっきりとして小気味良く聴こえる。そこがまた、このアルバムの魅力。

「やりたい事やったら、こんなに気持ち良い・・・。少年ぽさを残した女●太田裕美傑作アルバム。」

これがアルバム帯コピー。実に的を得ていると思う。ちなみにジャケットアートはソラミミスト安斎氏ってのも面白い発見。

  • このアルバムこの1曲

 俺にとって数少ない「捨て曲なし」であるこのアルバム。どの曲も大好きだけどイチ押しは「こ・こ・に・い・る・よ」(詞:山本、曲:太田、編:大村)。なんと5拍子なのである。Bメロは6/8拍子だから、本当はそうなるところを「ノリ」で5拍子にしたのだろう。しかしそれが大成功。5拍子といえばデイブ・ブルーベックの「テイク・ファイブ」が有名だけど、この曲、それに匹敵する名曲だと思う。聴き慣れないうちは、つまずいてるような、なんとも収まりの悪い変拍子だけど、細かくリズムを刻み続けるアレンジと、それに乗る流麗で明るいメロディー、裕美さんの時空を抜けるような声がベストマッチで、空間的な広がりが感じられる曲。変拍子のリズムも次第次第、いつの間にか中国の大河を下る遊覧船に乗っているかのようなトリップ感覚を呼び起こす。ある意味トランス系だ。
「ずっと、ずっと、ここにいるよ。」この言葉が放つ菩薩のような無尽蔵の温かさも、この曲に深みと広がりを与えている。