美形アクトレスシンガーの哀しみ〜中山美穂

 最近CMでよく見かける中山美穂。母となって、その佇まいに貫禄さえのぞかせているね。近々CDBOXも発売とのことで、少しづつ活動再開だろうか。
 俺はある時期、彼女の曲が好きで良く聞いていた。特に88年の大ヒット「人魚姫」〜90年「セミスウィートの魔法」までのCindy作曲のブラコン系作品が大好きで、ハマっていた時期がある。サビらしいサビもなくリフとノリだけで聞かせるポップスが、いわゆるアイドル系作品で出てきたというのが驚きだったし、アレンジなんかも当時としては文句なしにカッコよかったしね。ほんとに聴きまくり「ハマった」って感じだった。その後も同じ流れで彼女の90年代のドラマ主題歌系メガヒット群も、とりあえず全部チェックしていた。
 でも。中山美穂って、いつも俺にとってはどこか掴みどころがない存在だったのね。そのせいか、歌を聴いても、それは歌手・中山美穂の歌を聴く、というより中山美穂をとりまく音楽作品を聴く、という感じ。あのサウンドに乗せて彼女が歌う必然性が、どうも希薄に思えたのね。いつも、音楽的興味の「核」の部分に彼女(中山美穂)は不在だったような気がする、俺としてはね。もちろんゲイだから云々という意味じゃなく。
 それは何故なのか。以下、自分なりに考察してみた。
 まず、歌手としての彼女には弱点があると思う。そのひとつが、皮肉にも、女優としての素晴らしい資質。中山美穂には、かつて映画界華やかなりし頃の大女優たちが持っていたような、ある種の神秘性がある。「私生活が想像できない」というタイプのね。その意味では、山口百恵に近い存在だったのかもしれない。ドラマデビューにして視聴者に大きなインパクトを与えた「毎度おさわがせします」の不良少女が、歌番組で見せる、ほとんどありきたりの受け答えしかできない、実にシャイな少女の素顔。その一方で、次の場面では、筒美・松本ラインのアイドルポップスをブリブリに歌いこなす。
 当初から目まぐるしく変化するそのキャラクターは、やがてドラマの中では女子大生になったり、ヤングミセスになったり、そして本格的な大人の女性へと展開。(「眠れる森」は良かったね。)歌の中では「人魚姫」をはじめ完成度の高いダンス・ミュージックを経て、しっとりとしたバラード、癒し系「幸せになるために」、ラテン系「Rosa」とさまざまなサウンドを展開し、最後にはセルフプロデュースまで手がけていく。どこまでも増殖するイメージ。どれもが彼女でありながら、どれが本当の彼女か、決してわからない。つまり、あまりにすべてを器用に演じ過ぎるがゆえ、誰も彼女の本質を掴むことができない。まるで合わせ鏡の前に立つ女優のように(これは映画「イヴの総て」のラストシーンのイメージ、ね)。その女優性が、歌手・中山美穂像を見えづらくしている。音楽面での非凡さを見せれば見せるほどに。
 でも結局、彼女は優れた資質を持ちながら山口百恵ほどのインパクトを世間に与えられなかった。そこには、時代背景もある。そこがまたひとつの問題だ。80年代前半の空前のアイドルブームを経て、アイドルを取り巻くシステムの全般的な成熟によって、女優としても歌手としても必要以上の完成度を備えてしまった、それがゆえの不幸。そう、その時点で彼女と彼女をとりまくイメージは、あまりにも整いすぎていたのだ。昔、テレビで、日本人の色々な顔を解析して、一番平均的な顔、というのをコンピュータで作ったのを見たことがあるのだけど、それが見事に美男・美女だったのね。彼女と共演したことがある「美少女」ゴクミみたいな顔。男でいうと今人気のツマブキ君みたいな。キレイすぎるってことはつまり、インパクト(とっかかり)の無い顔に近づく、ってことなのかもしれないと、その時、確信したものだ。
 話は逸れたけど、歌手としての中山美穂も、スタッフひいては彼女本人の音楽的センスが不要に(!)優れていたために、却ってインパクトを失してしまったのではないか。そう思うのだ。つまり、整いすぎた素材に整った装飾(良い音楽)は、互いの優位性を微妙に相殺しあう、という不幸な結果を招いたのではないかと。どこを切っても優等生、だけど、「印象うすっ!」みたいなことね。ちなみに93年の「幸せになるために」「あなたになら・・」の2枚のシングルは本人が出演していないドラマ・映画の主題歌だ。それが成り立つということは、それだけ音楽として完成されているという証明である一方、歌手・中山美穂のキャラが、女優である彼女のキャラから完全に分離していた証明でもある。女優がドラマの主題歌を歌って、本人が出ていないなんて、山口百恵の時代ではありえない話だ。そういった意味では、百恵はやはり70年代型。未完の部分が多かったからこそ、あれほどまでに強烈な印象を残しえたのかもしれない。遅れてきたアイドルの典型として、いくら実績を残しても何かが足りない、その八方塞がりの状況を最も良く体現した一人、それが中山美穂だったのかもしれない、なんて今になって思うのだ。