歌謡ロカバラ女王〜工藤静香

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 歌手が旬で、座付きの作家たちが旬なとき、とても幸せなコラボレーションが生まれ、傑作が続出する一時期がある。百恵における宇崎・阿木ラインしかり、ピンクレディーにおける阿久・都倉コンビしかり、最近ではアムロ・コムロコンビなんかもそうだ。そこには、素材を知り尽くした作家達の「安心の上に立った冒険・遊び」のようなものがあり、その冒険(遊び)に立ち向かう歌手たちとの間に生まれる理想的な緊張感が、生み出される作品にミラクルを与えるのかもしれないな、なんて思う。
 80年代後半からの、工藤静香後藤次利も、そんな組み合わせだった。静香姐さんの場合、87年のデビューから93年頃までは、全シングル曲が後藤次利によるものだ。足掛け7年も続いたコラボは、資料はないけれど恐らくアイドル系では最長に近いのではないかと思う。イメチェンがつきもののアイドル界において、こんなに関係が長く続いたのはそれだけ相性が良かった、ということなのだろう(確か二人の関係もゴシップネタになったっけ?)。みゆき詞&化粧品CMソングということで最初のインパクトを放った「MUGOん・・色っぽい」に始まって、バブル社会のBGM三部作「恋一夜」「嵐の素顔」「黄砂に吹かれて」、ミリオンに迫った「慟哭」など、その作品群は適度な下世話さとアクの強さ・フックや仕掛けの多いメロディー、それに静香姐さんのヤンキー&ソウルフルな個性的歌唱、と、今思えば「歌謡曲」として魅力的な要素を完璧に備えていたような気がする。俺はこれらを歌謡曲時代の有終の美を飾る完成度の高い作品群として評価する。
 さて、静香&次利の「冒険」の部分で俺が大好きなのは、三連ロッカバラード三部作(「抱いてくれたらいいのに」「めちゃくちゃに泣いてしまいたい」「あなたしかいないでしょ」)だ。歌謡ロッカバラードの傑作として俺がまず思い出す一曲に欧陽菲菲「恋の十字路(1973)」があるのだが、筒美先生作曲のこの作品は、台湾出身のフィーフィーだからこそ持ちえた亜熱帯的フィーリングがゴスペル調の曲と見事にマッチして、歌謡曲の枠を大きく超えたダイナミックな世界を作り上げるのに成功している。そう、ロッカバラードには、南部、黒人、ソウルといったイメージがつきものだから、それを歌謡曲の世界で表現しようとしてもどこか無理が出てくるのだろう。そのフィーフィー以降、静香姐さんまで、歌謡曲の分野ではロッカバラードでの成功例はあまり記憶にない(和田アッコであったかな?)。静香姐の三部作ではピアノやゴスペル調のコーラスをアレンジに盛り込んで黒人音楽を巧みに再現しているほか、彼女のヴォーカルも、投げやりに叩きつけるような部分と演歌にも通じる「泣き」の部分が見事にソウルフィーリングを醸し出し、期待以上にハマっている。特に俺のイチオシは「あなたしかいないでしょ」。ここにおいて静香姐は、80年代に活躍した女性ロックシンガー、パット・ベネターを彷彿とさせる色っぽい「しゃくりあげ」唱法(歌い終わりに「〜ひい」とかなるやつね)をマスターしていて、その後の「Blue Rose」をはじめとする歌謡ロック路線での成功を予感させる。
 静香・後藤コンビが10年前に実験したこの和製ロッカバラード路線は近年、天才・椎名林檎が「罪と罰」で独自の方法論で完成に導いたように思う。そういえば、林檎ちゃんにも見られるしゃくりあげ唱法も、そのルーツは静香姐さんだったりするのかも。