太田裕美アルバム探訪①『エレガンス』

hiroc-fontana2006-06-19

 なんと太田裕美さんがニューアルバムの制作中という吉報が入った!
 さて、それを記念して(笑)これからしばらくの間、俺のマイフェイバリットアーティストである太田裕美さんのアルバムについて書いて行こうかな、と思っている。
 そんなわけで最初の今回は、オリジナルアルバム8作目の『エレガンス』。この作品は、裕美さんの人気に翳りが見え始めた78年の8月にリリースされた。勢いは衰えたとはいえ、オリコン最高位は12位だから、シングルで20位にも届かなかった当時の彼女としては立派な成績だったと言える。
 1年ぶりに筒美・松本・萩田の黄金トリオで固められた作品で、収録作品群にはややマンネリ化が見え始めている一方、個々には「ピッツア・ハウス22時」「煉瓦荘」というずば抜けた傑作が含まれており、アルバムとして最高とは言い難いけれども本人の円熟期の代表作には違いなく、ちょうど山口百恵のキャリアでいうところの『曼珠沙華』と同じような位置付けに当たる作品のように思える。
 このアルバムに含まれるシングル曲は「ドール」。横浜を舞台としたこの曲と、お台場をバックにしたジャケットが象徴するように、この作品はどことなくアーバンなイメージがつきまとう。同じ夏のアルバムとしては、この作品の1年前に発表された『こけてぃっしゅ』があり、日差しも眩しい夏の午後を連想させる名盤として評価が高いが、この『エレガンス』は例えるなら都会の蒸し暑い夏の夜。この作品では松本隆の詞がとにかく凄い。傑作「煉瓦荘」では「しあわせ未満」の続編とも言える設定で、1970年前後の鮮烈な時代の空気を閉じ込めたようなまさに松本氏自身の「私小説」といえる内容を構築し、太田裕美作品における彼の詞世界の総括を行っている。そのほかにも、入水自殺した孤独な女性を歌った「リボン」、夏の浜辺で彼と恋人が幸せに過ごす姿を影から見つめる女のストーカーソング「Summer End Samba」、幸せな日常と恐ろしい地震の夢が交差する「天国と地獄」、テラスでのパーティーを舞台に女二人が一人の男を奪い合う「元気?」など、それまでの太田裕美イメージからはかけ離れたダークでショッキングな作品も多い。『エレガンス』はそのタイトルからして、『こけてぃっしゅ』の「ナイト(アダルト)バージョン」を意図して制作されたものと考えて間違いないだろう。2枚を聞き比べてみると、収録曲も対になっていると思われる部分もあって、面白い。
 サウンド的には、アルバムの中心に歌謡曲系のシングル「ドール」を置いているだけあり、かなり歌謡ポップス仕様の仕上がり。これは同時期に筒美氏が手がけていた庄野真代大橋純子中原理恵などニューミュージック系の歌手にど真中の歌謡曲を歌わせて成功した方向性に沿ったものと言われている。ただし、それは「九月の雨」で正統派歌謡曲を歌って以降、ニューミュージックの波に乗り遅れた太田裕美にとっては却ってファン離れを誘発する要素になった可能性も拭いきれない。アルバム全体を聴き通したとき、この強い歌謡曲臭が鼻について、従来の太田裕美のアルバムの特徴であり魅力でもあった「上品さ」「気品」のようなものが、この作品には欠けているような気がするのだ。松本隆の詞世界の変化も大きい。シャッフル・ビートの「エアポート78」、バンドネオンがフレンチテイストを醸し出す「スワン」、そして古風な言葉選びがムード歌謡っぽい「冬の蜂」・・・。いろいろなタイプの曲が並んではいるが、全体に雑多な印象。これが良くも悪くも「歌謡曲」なのだ。
 ただし一方で、とっちらかっている分、このアルバムには他の裕美さんの作品にはない独特の「うねり」のようなものがあり、何度も聴き返したくなる妖しい魅力があるのも確かだ。それはもしかしたら、筒美・松本・萩田の黄金トリオと太田裕美のまさに爛熟期の魅力、と言えるものなのかもしれない。

  • このアルバムこの1曲 

 なんと言っても「ピッツア・ハウス22時」。まさに黄金トリオの職人技、数ある太田裕美の名曲の中でも最高傑作の部類だ。定番の男女会話ソングの完成形でもある。久しぶりに再会した主人公の男女、最初はぎこちなく始まる会話が次第に盛り上がっていくに従い、アレンジも次第に賑やかに、そしてコーラスごとにキイも上がって行く。この構成が見事だ。そして松本さん渾身の詞に対して、その音数の多さや長さをものともせず、インスト曲として成立するほどに完成された流麗なメロディーで迎え討った筒美先生には、凄い、の一言。そしてこのジャズのハミングのような難しい曲を歌いこなした裕美さんのシンガーとしての実力に改めて驚かされる。