歌姫の失われた90年代〜中森明菜『90's BEST』

 先月の日記「まったりソング特集」で「水に挿した花」(1990)を取り上げたのをきっかけに、そういえばアキナの90年代の曲ってあまり知らないナ、ということに気がついて、改めて中森明菜失われた10年を聴きなおしてみようと思った俺なのだ。
 90年代以降の中森明菜の世間一般のイメージといえば、「カバーソング歌手」フォーク・ソング ~歌姫抒情歌 (初回盤A)(DVD付)OR「かつての名声だけに頼ったディナーショウ歌手」くらいのものかもしれない(俺もそうだった)。だけど、実は93年のアルバム『UNBALANCE+BALANCE』以降、現在までほぼ毎年コンスタントに新録音のアルバム&シングルを発表してきている立派な「現役歌手」なのだよね。ただコアなファン以外に訴求できるようなメガヒットが残念ながら90年代以降のアキナには無かったから、何だかず〜っと不遇の時代を送っていたような印象があるだけなのよね、たぶん。
 でも、特にカバーの『歌姫』シリーズに挟まれるような格好で発表されてきたオリジナル・アルバムには、坂本リューイチとかコムロとか岡本マヨとか松本隆とか朝本浩文とか、いまどき珍しく様々な作家とのコラボで贅沢かつ丁寧に作られているものがとても多くて、今回この『90's BEST』と併せて何枚かオリ・アルも入手して聴いたのだけど(そう、実を言うと俺、今アキナにすご〜くハマっちゃってるの。SHAKER+3今までこのブログでも再三「アキナは苦手」って言ってきたのにね 笑)、実は明菜の90年代って、失われた10年どころか、とても収穫の多い10年だったのだ、ということを再認識したのだ。
 俺をこんなに虜にしたきっかけは、1997年に明菜がゴリ押してシングルカットしたという「APPETITE」なんだけど、これについては後述するわね。
 セイコたんにしろ、キョンキョンにしろ、静香姐さんにしろ、80年代に一世を風靡した後、90年代にもそこそこ活躍して今も残っているスターたちっていうのは、何だかその後はいくら頑張っても80年代の威光のみという感じで過小評価されてしまうところがあるような気がする。特に、90年代はミリオンヒット全盛期だったわけだけど、結局それには乗り遅れてしまった感じのアキナは、辛かったかもしれないナ、なんて思う。いくら目立たないながらも最先端のクールなサウンドを追求して頑張っても見向きもされずに、ビブラート爆発の「雄叫びロングトーン」ばかりが求められちゃう、みたいなところでね。(セイコたんはそれをちゃっかり逆手にとって、何歳になってもブリブリの永遠アイドル路線をガチガチに固めちゃったわけだけどね・・・涙。)
 さて、90年代のアキナの何が良いかといえば、サウンドもボーカルも、80年代で勝ち得た場所で満足せずに、着実に進化させている、ということ。俺が苦手だった、ボソボソと何を歌ってるかわからない低音のピアニシモ・ボイスはまろやか&ふくよかになって味わいを増しているし、鼻にかかった中音域の声はとてもなまめかしく魅力的になっているし、軽いファルセットなども器用にこなしていて、とにかくボーカリストとしての成長著しい感じがする。
 そして、「Tokyo Rose」(1995年)ではあのブライアン・セッツァーをアレンジに迎えて「Tatoo」で挑戦したロカビリー歌謡の完成形を提示し、「今夜、流れ星」(1998年)は高音のか細い声を生かした「せつな系」ミディアム・バラードで「セカンド・ラブ」の完成形を提示し、「MOONLIGHT SHADOW〜月に吠えろ」(1996年)は94年に「愛VAMP撫」で組んだ小室サウンドの消化不良を解消し、極めつけ「APPETITE」(1997年)では「ミ・アモーレ」でのラテン・セクシー路線の完成形を提示しているような気がする・・・つまりは90年代を通して、中森明菜というアーティストは、飛躍的に自由度を増したそのボーカル・テクニックと着実に積み上げてきた音楽的素養を縦横無尽に生かしながら、80年代にアイドルとして扱われてきたある意味「自分の中の不本意だった部分」を自分の納得のいく形で再構築し、昇華しようとしていた・・・そんな風に思えたりもするのだ。
 さて、俺にとって強烈なカウンターパンチだった1曲「APPETITE」。薄気味悪い生のウッドベースのリフから扇情的なブラスが絡むイントロのクールさ。それに乗って現れるアキナの扇情的で湿度感たっぷりのエロチックな低音ボーカル。それはまるでクール・ジャズを聴いているようで、そこにはUA中島美嘉はもちろん、椎名林檎の影さえちらついてくるような気がしてくる。そう、ここにいるアキナは、もはやかつてのアイドルの面影は全く無くなっていて、もしかするとサウンド・クリエータ&ボーカリストの最先端に近いところを走っていたのかも。そんな大袈裟なことさえ感じてしまうのだ。ちなみに、アルバムの半分位はセルフ・プロデュースだったりもするのであり・・・明菜、凄いかも。

歌姫伝説~’90s BEST~(初回盤)(DVD付)

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