夜に蠢く明菜〜中森明菜『VAMP』

 久々に明菜を取り上げようかなと。
 長期休業状態にある彼女。せっかくのデビュー30周年も本人不在のまま、旧譜のリニューアルばかりで終わりそうな予感で、それら旧譜も既に25周年で再発済みのものが大部分だったりして、ちょっと寂しい感じね。
 ムード歌謡、ムード歌謡 ?歌姫昭和名曲集?(初回限定盤)(DVD付)フォーク・ソング2 ~歌姫哀翔歌そしてフォークソングのカバー・アルバムの連続リリースのあと、これでもか!!とばかりにダメ押しで発表された快心のオリジナル『DIVADIVA(初回限定盤)で相変わらずカッコいい明菜を見せつけてファンを喜ばせてくれたのが、ほんの3年前。思えばあのヤケっぱちとも思えた怒濤のリリースは、自分の望む音楽とレコード会社とファンの期待との狭間で行き場を無くしていた、彼女の苦しい心の悲鳴だったのかしらなんて、今さらながら思ったりもして…。
 さて今回の題材は、96年末に発売されたミニ・アルバム『VAMP』。

VAMP

VAMP

 90年代以降の明菜が展開した、そのクールな音楽世界を象徴したようなこの作品、一方で彼女自身の音楽的指向と周囲の思惑とのズレが表面化していった典型として語れる作品かも知れないと思って、今回取り上げたいなと思ったのだ。
元アイドルとしての“妥協”や“甘え”を一切排除して、先鋭的で本格的なクラブ・ミュージックを突き詰めた感のあるこのミニ・アルバム、いま聴いてもビックリするほどカッコいい。これを明菜本人がプロデュースしている、というのもオドロキなのだ。
 90年代の明菜についてはココにも書いたのだけど、目立つ大ヒットもなくて一見、不毛の10年間のように見えて、実は作品の質的にも本人の実力を見ても、とても充実していた時期なのよね。まるで、本人にとって「大人にアレコレ押し付けられるばかり」の「お仕事アイドル期」であった80年代の鬱憤や消化不良を、様々な困難を乗り越えて成長し自立した彼女が“90年代のアキナ風”に噛み砕いてやり直すことですべてクリアーし、自分のキャリアを完成させようとしていた10年間のようにも見えるのだ。
 しかし一方で、90年代に明菜がそうして80年代アキナの修正版・完成版を提示していくたび、セールスは下がる一方だったのも事実。当時のファンは明菜に無意識のうちに、80年代絶頂期に体験した「次はどんな手でくるのか」というドキドキを求めていたに違いないし、“雄叫び&ビブラート”が炸裂する新曲を期待していたはず。しかし当時の明菜はさまざまな歌唱法を模索していた時期で、中でもより声の厚みと妖艶さを増した「ファルセット&ウィスパー」歌唱法を好んで多用していたし、音楽的にはセルフ・プロデュース期に入り、この『VAMP』のように歌謡曲やポップスとは対極ともいえる、サウンド先行の難解な作品も多くなっていて、そういったことで図らずも少しずつファンを振るいに掛ける結果となってしまったと言えるのかもしれない。
 そんな状況下、当時一世を風靡していたコムロとの二度に亘るコラボもセールス的には成功とは程遠い結果に終わり、90年代後半には所属レコード会社を移籍することになる彼女。そこでも一矢報いるような成績は残せず、おまけにその移籍先(ガウス)とはトラブル続きで、最終的には一方的に契約を解除されてしまうことに(涙)。そして、明菜が再生を果たしたのが2002年の『歌姫II』ZERO album~歌姫IIであり、この作品がセールス的に久々のヒットとなった結果、その後の明菜は“カバー歌手”をオモテの顔に活躍を続けざるを得なくなるわけで。。。結局、明菜が望んでいた音楽は、彼女からどんどん遠ざかって行ってしまったのかもね。

 さて、話を『VAMP』に戻しましょう。ここからはこのアルバムの紹介。帯コピーは「96ラストに送る中森明菜の秘めやかな楽しみ」だそう。これ、明菜のデビュー時キャッチフレーズ「ちょっとエッチなミルキーっ娘(こ)」ライン復活(笑)で、エロいわね。でも実際、この作品は歌詞も歌い方もホント、セクシー。例えば、1曲目「PRIDE AND JOY」(詞:山田ひろし)では「♪ Kissしてよ ソコ Kissしてよ ココ」なんてことを、吐息混じりの湿った低音で歌われちゃうわけ。こんなにもあからさまなアキナさま、初めてです(汗)。この曲の作編曲はUAでおなじみの朝本浩文。ストンストンと乾いた感じのドラムとブン、ブンと腹に響くキイボードがまるで鼓動のように自然に身体にまとわりつく感じ。それにキュルンキュルンとうねるギターが絡みつけば、もう病みつき。これぞ、エクスタシーね(笑)。
 続く「EGOIST」は弾ねるリズムにシンセ・ブラスのリフがとってもクール。まんまクラブ・ミュージックです。明菜の鼻にかかった声に独特の「泣き(喘ぎ)」が入って、これも殿方には堪らないのでしょうね。音の終わりでお待ちかね、「え〜〜あああああ!」と吠えたりもしてくれる。俺はこの曲、好きよ。
 3曲目「CRESCENT FISH」はタイトル通り、高層ビルの一室で水槽の中を妖しい光を放ちながら身体をうねらせて泳ぐ熱帯魚、というような印象の曲。オカルトめいた金属的なサウンドも、敢えて不安定な音程でスライド気味に歌う明菜のヴォーカルも、闇に蠢く「CRESCENT FISH」のごとく、セクシーで頽廃的。「♪ 白いシーツの波が 背中に寄せて 素肌を堕ちる 衣擦れの音 吐息が耳を噛む」(詞:松井五郎)。うふっ。
 そしてラストは「METROPOLITAN BLUE」。燃え上がる一夜を過ごしたホテルを後に、一人、火照った身体を冷ますように真夜中のビル街を歩くオンナ、といった雰囲気。低音ファルセットでボソボソとつぶやくような明菜ヴォーカルが醒めた女の独白のようで、クール。ジャジーで都会的なサウンド、特に女性コーラスがかつてのAORの代名詞でもあったボズ・スキャッグスを彷彿とさせて、カッコイイです。
 さてこの作品、残念ながらオリジナルは廃盤(限定盤だったこともあり)で、今は編集盤『Akina Nakamori歌姫伝説〜’90s Best』(初回盤)歌姫伝説~’90s BEST~(初回盤)(DVD付)で聴けるので、これも入手困難ではありますけど、機会があれば是非!
 なお、以前の明菜のエントリーもかなりの数をアップしていますので、ご興味がお有りのかたは「80年代アイドル」カテゴリーからお探しくださいませ♥。