中森明菜『ムード歌謡〜歌姫昭和名曲集』

ムード歌謡 ?歌姫昭和名曲集?(初回限定盤)(DVD付)

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 アキナさんって、聴き方にコツがいるように思うのね。彼女の場合、ビジュアルの印象が強いぶん、レコーディングされたボーカルだけを聴くと、時にびっくりするほど一本調子だったり、ときにバッキングのオケに紛れてそれこそホントに「聴こえなかったり」して、心して聴かないと単なるBGMになりがちなのだ。アキナ上級者は、そんな中から必死に彼女のボーカルに集中して耳を傾けて、吐息の生暖かさまで伝わってきそうな低音のなまめかしさとか、ゥワア〜ア〜〜と吼えたあとにちょっとだけ声がひっくり返るときのゾクゾクする艶っぽさとか、そんな彼女独特の、一種の“麻薬的な”ボーカルの魅力を味わい、そのシャーマン的表現力を堪能しようとするわけだ。いわば、知る人ぞ知る山奥の秘湯に浸かる至福を体験したいがために、汗をかいて急勾配の山を登るようなものね(笑)。ちょっとオーバー?
 その意味では、hiroc-fontanaはこれまでずっとアキナさんを苦手にしてきて、ここ1年でようやく彼女の魅力に目覚めてきた程度の、いわば「アキナ初級者」だから、この新作『ムード歌謡〜歌姫昭和名曲集』を聴いてまず思ったのは、「これ、アキナの聴き方を知らないリスナーにとっては、キツイよな〜。」ということだったのね。
 アキナがビッグバンドをバックに昭和のムード歌謡を歌う。このコンセプト自体は悪くないと思う。「TATOO」とか「TOKYO ROSE」といった退廃的なムードが漂うヒット曲の系譜に連なる路線として、「戦後のキャバレーの歌姫」をアルバムコンセプトにしたことは、ある意味自然なことと思う。いやいや、断っておきますけど俺自身はね、もともとビッグ・バンドジャズが大好きだし、アレンジの村田陽一さんに関しても、彼が率いるホーン・バンド“SOLID BRASS”のCDを持っているくらいだし、なによりこの1年でアキナの聴き方をマスターしたし(笑)で、個人的にはこのCD、楽しめたのだ。でも・・・。でも・・・なのだ。
 今回のアキナさん、はっきり言ってこのCDのコンセプトを理解してたのかしら。そんな感じ。1曲目のスカパラばりのアレンジで始まる「経験」にはオオッとさせられるものの、その後はだんだんオケとボーカルのちぐはぐさが気になってきて「アキナがビッグバンドのオケに合わせて、いつものように歌っている、それだけ。」みたいな印象になってしまう。何だかもったいなくて仕方ないのだ。これだけ凝ったアレンジで、バラエティに富んだ曲が並んでいるのだから、アキナさん、もっとホンキになってキャバレー歌手してよ!あんたならできるでしょ、みたいなね(笑)
 もともとhiroc-fontanaがアキナさんを苦手としていたのは、ボーカルの閉じ方が彼女の場合、乱暴な感じがするからなのだ。それは「セカンド・ラブ」を例に挙げれば、歌い出しの部分を当時、「♪恋も二度目ならっ! すこしは上手にっ! 甘いメーセージッ! 伝えたいいいいいい〜〜〜〜」みたいに歌っていたでしょ?ファンはそれが彼女なりの「感情移入」ということで評価していたのかもしれないけれど、俺の考え方としては、歌というのは、感情表現だけではなくて、リズム感や正確な音程はもちろん、伸ばした声そのものの美しさやその余韻(閉じ方)までをも聞かせなくちゃいけないものだ、と思っているのね。だから、それを大事にしない(ように思えた)、かつてのアキナさんは聴いていて辛かったの。そんな彼女も歳を重ねるごとに声にも歌い方にも幅が出てきて、どんどんよくなって来たのよね。
 しかし!この新作でのアキナさん、高い音は喉を絞めちゃって声が辛そうだし、ここぞという所での必殺ビブラートこそ聴けるものの、それ以外はほとんど音の終わりを「セカンド・ラブ」ばりにブチブチ切っちゃってるしで、聴いてて欲求不満になっちゃいそう。とにかく、今回のアキナさんのボーカル、トルク重すぎ〜!低い声とファルセットはいいけれど、その間の声があまりに出てな〜い!これじゃ、たとえば場末のバーの有線で流れてきても、気持ちよく酔うどころか酔いが醒めちゃうぞ〜!なんてね。期待していただけに、今回はちょっと辛口です。
 ただ1曲、ラストの「伊勢佐木町ブルース」は、妖艶な低音ボーカルが終始ハマった1曲で、キメの「シュドゥビドゥビドゥビドゥビドゥヴァ〜〜」で鳥肌が立つくらい素晴らし仕上がりで、これでやっと救われる感じ。
 最初からこの路線で行けば良かったのにぃ〜!みたいな。よし、次はアキナさん「ブルース」に挑戦だ!(笑)