セイコ・アルバム探訪4〜『The 9th Wave』

The 9th Wave(DVD付)
 1985年6月発売の11枚目のアルバム。セイコさんは当時、春から夏にかけてと、秋から冬にかけて年2枚のオリジナルアルバムを発表していたのだけれど、その「春夏期」発売のアルバムの中で、最も「夏」をコンセプトに強く押し出したアルバムがこの『The 9th Wave』かもしれない。シングル曲では尾崎亜美のペンによるヒット曲「天使のウインク」「ボーイの季節」の2曲のナンバーワンヒットを収録し、アルバムチャートでも1位、売上げトータルは33万枚を記録した。ただ松本隆が絡んでいない作品ということもあり、全盛期のセイコ作品のなかでは売上げ的にも評価的にも少しばかり冴えなかった作品と言えなくもない。時代的にはちょうどLPからCDへの移行期で、CDセールスを加えればもう少し売上げは高かったはずだが、時期的にセイコさんの結婚→出産休養に重なり、この作品をフィーチャーしたツアーなどが行われなかったこともあり、いろいろな意味でビミョーにタイミングが合わなかった可哀想な作品とも言えるのかもね。
 俺の場合、セイコさんのアルバムで一番最初にCDで聴いたのがこの作品でだったのよね。とにかく、オープニング曲「Vacancy」のイントロのストリングスの音色の美しさが強く印象に残っていて、それだけでも個人的にはとても思い出深いアルバムだったりするのだけど。
 あとはこのアルバム、セイコさんの声がとても好調なのがポイントで、声は相変わらずハスキーながら、ニュアンスの伝え方に緻密さが戻っており、83年後半からの超多忙期を乗り越えてボーカリストとして一歩成長した自信が窺え、終始安定した伸びやかなボーカルが堪能できる1枚。(ちなみにhiroc-fontana、このアルバムと同時期に録音されたサントラ『ペンギンズ・メモリー』収録の「MUSICAL LIFE」という曲の歌唱こそが、松田聖子史上最高のボーカルだと個人的に思っているのだ。→リンクしているので試聴してみてね。)
 一方、このアルバムで全編サウンド・プロデュースを担当した大村雅朗氏の仕事ぶりについては、評価が分かれるところだろう。今聴くと、一部の曲で多用されているコンピュータの打ち込みが、とにかくうるさい(苦笑)!同時期に太田裕美さんのぶっとびテクノ系サウンドをプロデュースしていた同氏、このテの音に凝っていたのはわかるけれど、聖子さんのニュアンスたっぷりのボーカルを活かすには作り込んだ過剰なバッキングは逆効果だったかもなと、今聴くと残念な印象が残る作品でもある。
 帯コピーは「九番目の波は高い・・・暑い夏の風よ Take Me―聖子。」これ、ただ読んだだけでは意味不明ですけど、アルバムタイトル『The 9th Wave』の元ネタでもあるオーラス曲の「夏の幻影(シーン)」の歌詞(尾崎亜美)の引用ですね。これは大きな波の中でも一番大きい「9番目の波」を超えると、活路が開けるという古い西洋の言い伝え(?)から来ているとかいうハナシ。
 ライター陣は尾崎亜美をはじめ矢野顕子吉田美奈子来生えつこ、そして銀色夏生!という女性作家の作詞で固めていて、松本隆作品は未収録。その分ちょっと薄味な印象もあるのだけど、反面、女性らしい瑞々しさと品の良さが感じられるのも確か。中でも銀色夏生作品は出色で、聖子さんのキャラにあるボーイッシュかつコケティッシュな魅力をこれまでになく上手く引き出しているような気がする。このコラボ、この作品でしか味わえないという意味で貴重です。
 さて、曲紹介です。全曲アレンジは大村雅朗

 過去ログ参照。初っ端から意外性たっぷりのボサノバ。このアルバムを象徴する、清涼感溢れる夏の名曲です。「♪ 何もかも、だめですね…気にしてばかりで」。このオープニングのつかみだけでもう、ノックアウトです。

 ミディアムのポップスで、ちょっとつかみどころのない曲だけど、吉田さんのイマジネーション豊かな言葉(七つの海、女神、金のベールなどなど)に彩られた詞によって煌びやかな格調高い印象の作品に仕上がっている。聖子さんの多重録音による掛け合いフレーズが聴ける。

 21弾シングル。1位1週、トップテン内7週、売上35.6万枚。亜美さんの詞はいつもモザイク的で難解なのだけど、足早に去り行く夏と、感傷に溺れずただ一途に未来に向かうボーイ(男子)の「無意識な残酷さ」を重ね合わせたこの曲の詞は秀逸。聖子さんは取り残される側(女子)の切ない気持ちを、天性の勘で的確に表現して、リアリティを与えている。俺、この曲の持つ独特の「静けさ」が好きなのだ。

 アッコさんからの曲提供は前作『Windy Shadow』収録の「そよ風のフェイント」に続いて2作目。「そよ風の〜」よりは矢野さん色の希薄なオーソドックスなバラードといった感じだが「♪ まばたきする うわさばなし あれはうそね」というフレーズとメロディーが、かろうじて矢野さん風味。それだけ聖子さんがどんな曲でも自分のカラーに染めている証しでもあるわけだけれど。イントロの美しいピアノを割り込んで爆発するシンセドラムがうるさくて、美しい曲が台無しなのが残念。まあ、矢野さんの個性に合わせるならこれもアリですけどね。

  • す・ず・し・い・あ・な・た(詞:銀色、曲:甲斐祥弘)

 甲斐さんお得意のシャッフルビートの必殺・哀愁ポップ・ロック。「♪ ha ha ライトを消して朝までいよう ha ha ウソだよいじめてみたかっただけ」。銀色夏生さんお得意の思わずドキリとさせられる言葉選び。これを聖子さんのしゃくり上げボーカルが切なさたっぷりに歌い上げる。これだけで蒸し暑い夏の夜の若者たちのやるせない狂騒が鮮やかに蘇る感じ。「恋のイメージが変わるわ」という3コーラス目で転調してキイが半音上がるところが、歌詞と呼応して非常に効果的。だけどね。。。ここでもやっぱりギュンギュン!と無駄にうるさいアレンジがちょっとね。。。大村さんのご乱心かしら(苦笑)。

 聖子さんには珍しい、ストレートなマイナーメロディーのスピード感あふれるポップス。ちょっと八神純子っぽい感じ(パープル・タウンとか)だけど、八神さんに負けず伸びやかに気持ちよさそうに歌い上げる聖子さんのボーカルがいつになく新鮮。

 「海辺のリゾートに婚前旅行(のバカップル 笑)」がテーマ。声を抜いてささやくAメロから、サビで「♪さ・ざ・な・み」と音節を切って歌う部分まで、歌い方も曲調もこのアルバムの中では最も従来の聖子ポップスに近い感じ。タテノリのサビが気持ちいい佳曲。「天キス」ばりに指を鳴らしながらフルフリドレスで歌う聖子さんが目に浮かぶのよね。

  • 天使のウインク(詞曲:尾崎)

 85年1月30日発売の20枚目のシングル。1位2週、トップテン圏内に8週留まり、売上げ枚数は41.4万枚を記録。当初やや地味な印象の作品ではあったが、自動車のCMソングとしても使われ、最終的には同年の年間チャート10位に入った。この時期の声の絶好調さはピカ一で、「♪音符のようにすれ違ってくのよ〜」の“すれちが・あ〜ってく”という「ア」音の強調も、「のよ〜〜」のあとの絶妙なビブラートも、まさに“魅惑のシルキー・ヴォイス”とも言うべき魅力が、すべてのフレーズに溢れている特別な一曲。(以上、過去ログより転用。)

 矢野アッコさんに飽き足らず、吉田美奈子たんに加えて大貫ターボーまで引っ張り出してきた聖子スタッフの貪欲さに脱帽です。しかし出来上がったのは期待にたがわぬ魅力的な作品で、浮遊感のある大貫さんのメロディーを得意の音節切り&ニュアンス唱法で切なくチャーミングに歌い上げる聖子さんが素晴らし過ぎて。吉田さんのちょっぴりアンニュイな詞もグッド。このコラボは大正解。なのに後にも先にもこの1曲だけなのよね。

  • 夏の幻影(詞曲:尾崎)

 波の効果音。そして寄せては返す波のように抑揚のある美しいメロディー。夏の終わりの切なさを演出する名バラードでこのアルバムを締めくくる。聖子さんはメリハリを利かせ、かつ情感たっぷりにこの難しい曲を歌い上げている。
 
 ああ、色々言ってもこの作品、特に夏に聴くとやっぱりイイわ。