「美しい夏」〜ジュンコの生きざま

 ひさびさの桜田淳子さんです。実はこのブログでは、70年代アイドルの中では太田裕美さん、山口百恵さんについで登場しているのがジュンコたんだったりするのよね。淳子さんというと、彼女を知っている人の大部分が今もってどこかマイナスイメージを引きずってしまっていて、一向に再評価の機運が高まらないのは残念なのだけど、hiroc-fontanaは彼女の才能をずっと「再評価」し続けてるのです。(そういう俺も現役時代の彼女はあまり好きじゃなかったんもので・・・ポリポリ。)ホント、大人になった今聴くと、確かに彼女の歌の表現力は素晴らしくて、上手い・下手を通り越したそのオンリーワンの魅力(独特の味わい)にいつも打ちのめされるのです。
 「美しい夏」(作詞:康珍化、作曲:馬飼野康二、編曲:船山基紀)は彼女の30枚目のシングルで1980年4月21日発売。最高位は44位、総売上げは3.7万枚。時はちょうど百恵さんの引退に向けての大々的なプロモーションで盛り上がっていた時期。その頃にひっそりと発表されたこの地味な1曲を、果たしてどれほどの人が覚えているのかしら・・・(涙)。
 そうはいっても、この当時の淳子さんの曲では前年夏の「パーティー・イズ・オーバー」続く「LADY」がともに最高位50位代・売上げ2万枚程度に終わっていたことを思うに、この地味ながら心に染みる「美しい夏」はファンにはしっかりと支持された1曲だったのでしょう、多分。

 みんな何処へ行ってしまう あざやかに別れの手を振って
 しあわせをひとりはかみしめて
 淋しさにひとりは泣きながら
 みんないつでも駆け足で 青春のとびらをしめていく
 想い出をたずさえ いつの日か出会いましょう (康珍化

 この詞がまるで、芸能界から去っていく親友でありライバルでもある百恵さんへの淳子の想いのようで、そして芸能界で一人、頑張っていく(当時は本人もそう思っていたのだと思う、きっと…。)自分を奮い立たせる宣言のようで。
 行進曲めいたちょっとひと昔まえの歌謡曲風な軽快なリズムに乗って、淳子さんはあえてベタな歌い方を封印して、凛とした印象のまっすぐなボーカルを聴かせている。そこには回りがどうであっても真面目にまっすぐ前を向いて、きちんと仕事をこなす淳子さんの、いかにも背筋をぴんと伸ばして生きてきたその姿勢が表れている気がしてならないのね。俺には。

 あの頃悩み 打ち明けあった 涼しい目をしたあの人は
 結婚しますと だけ告げて
 遠くへ離れてく

 この“涼しい目”の人が、百恵さんだと言われているのよね。そしてこのあとに繰り返される「♪ みんな何処へいってしまう あざやかに別れの手を振って」のフレーズの何と切ないこと!誰にもありますよね、こんな気持ち。同期の仲間が会社を辞めていくときとか、それこそ親友が先に結婚するときとか・・。羨ましさと、取り残される寂しさと、だけど門出を祝ってあげたい気持ちと、それらが入り交じった何とも言えない複雑な感情。
 百恵さんの派手な結婚フィーバーの裏で、恐らくそんな感情をリアルに痛いほど感じていたであろう淳子たんが、却って女優ならではの抑えた演技でさらりと歌う。だからこそ、この曲は胸にズンと響く気がするのです。
 馬飼野さんのマイナー歌謡曲風のメロディーが、意外なほど甘酸っぱい青春歌謡に似合う、というのは近年のジャニ系の数々の大ヒットで証明済み。この曲も、軽快で爽やかかつ哀愁たっぷりな、聴けば聴くほどに味わい深い名曲だと思うのね。
 でもね、最初聴いたときの俺の印象は何だか「だるまさんがころんだ」みたいな曲だな、と(笑)。「だ・る・ま・さ・ん・が・こ・ろ・ん・!」の「だ!」のところと、「♪ みんな何処へ行ってしまう」の「う!」のところが、何となく似ている気がしたんだもの(笑)。だからね、今もこの曲をウォークマンで聴くと、「♪ みんな何処へ行ってしまう」の「う」で思わずフリーズして立ち止まっちゃったりするのだ。(って、ウソよ)
 何だか最後は貶して終わっちゃったみたいでごめんなさい。名曲なので是非聴いてみて下さい。