1988年のアキナはすごかった〜「AL-MAUJ」

Femme Fatale(紙ジャケット&SACD/CDハイブリッド仕様) 今回は明菜さん。久しぶりに取り上げます。
 いよいよ復活か。というような話題があちらこちらで聴かれだした彼女、紅白での復帰に向けて新曲を録音しているとか、筋力トレーニングに励んでいるとか、そんな噂がまことしやかに囁かれる一方で、今でもマンションの部屋から一歩も出ない生活を送っているだとか、“いったいどっちなのよ!”みたいなハナシではありますが・・・。ただ、明菜の場合、百恵さんとは違っていまだ「引退宣言」はしていないわけで、そこに一縷の望みがあるからこそ、こういった話が出てもおかしくはないのよね。特に今回は一斉に色々なメディアで取り上げられている話でもあるし、もしかすると信憑性は高いのかしら、と。
 前置きはここまでとして、中森明菜についてはこのブログでも何度も取り上げてきたけれど、俺としては彼女のボーカルをこれまで「トルクの重いエンジン」に譬えて表現してきたのよね。低音でボソボソとはっきりしない発声で途切れ途切れに歌っていたと思えば、あるところでガクッ、といきなりギアチェンジして「うわあああああ〜」と雄叫びを上げる、みたいな感じ。つまり、振れ幅が急すぎて乗り心地(聴き心地)があまり良くない。
 ただ、それにある程度慣れて彼女独特のボーカルの聴き方をマスターしてくると、そこから初めて音楽性の高さや表現力の豊かさが見えてくる感じがあって、そこがヒネクレ明菜ファンの楽しみでもあるわけね(笑)。
 そんなヒネクレファンの私が最近、目ならず“耳からウロコ”に思えた曲があって、それが1988年1月発売の20thシングル「AL-MAUJ(アルマージ)」AL-MAUJ(アルマージ)なのだ。作詞:大津あきら、作曲:佐藤隆、編曲:武部聡志
 当時“なんだかカッタルい曲だな!”としか思えなくて、以来ずっとスルーしてきたこの曲。作曲の佐藤氏は「桃色吐息」の作曲者でもあって、俺としてはあの曲がマリコ・タカハシの“アタシはヴォーカリスト女王様!さあお聴きなさい!”的な(笑)歌い方ともどもニガテな分野だったので、その延長線上にある「AL-MAUJ(アルマージ)」も、どうも生理的に受け付けなくて、拒絶してしまっていたのね。
 アキナ80年代の集大成ベスト「complete single collections -first ten years」の解説によると、“アルマージ”とはアラビア語で「波」を意味しているとのことで、なるほど頭サビからエキゾチックな“ジャジャン・ジャ・ジャン”のリズムが波打つように繰り返され、それに乗る明菜のボーカルの大袈裟なビブラートも“波”そのもの、といった感じもする。なかなか良く出来てるわ。
 ただ今回、この曲で俺が惹きつけられたのはそこではなくて、アキナボーカルの中低音の響き、その芳醇さ、なのだ。。。こんなに明菜の低音って、良かったっけ?というような。
 Aメロでの16分音符の細かい譜割を、それまでの明菜であればボソボソと歌いそうなところを、大きく喉を開いてそのふくよかな胸に響かせたような、実に甘美で艶やかな低音で聴かせてくれる。いわば、それまでの明菜のボソボソ低音が「トルクの重いエンジン」だとすれば、ここでの明菜の低音は「手入れの行き届いた高級スポーツカーのエンジン音」のような感じね。“ブロロロン”と腹まで響く、あの感じ(わかる?)。そこが実に気持ち良いのだ。そして特筆すべきは、この曲での明菜の重低音は、高音部での雄叫び(うわああぁぁ〜)よりも広がりが感じられて、バッキングに全く負けていない、ということ。

 また、この曲のカップリング「薔薇一夜」がまたこの芳醇な重低音の好サンプル。

 この妖艶な低音の魔力。まさに『Femme Fatale』ね。オンナ全開!って感じ。スゴイわ。
 おそらく、この時期のボーカルの進化は、前年9月リリースのバラード「難破船」が大ヒットしたことと関係しているのでは?と思う。サビ以外はメロディーラインが低音部中心に展開するこの曲をテレビ等で幾度となく歌い込む過程で、独白的な歌詞を従来のボソボソ発声ではなく、低音でも的確に伝える発声法に自然に発展させていったのではないか、と推測しているのね。
 そしてその低音ボーカルの変化は、次作「TATOO」でも発揮されていて、ここでもハデなバッキングに全く低音が埋もれることなく(意味深な歌詞がヒアリングを困難にしていたけれど 苦笑)、見事な重低音でオンナの色気を発揮しまくっている。

 きゃ〜、エッチ!(笑) 思わず叫びたくなっちゃう。
 
 考えるに、代名詞であるビブラートに加え、重低音ボーカルが完成した1988年という年が、もしかすると明菜がボーカリストとして最も乗っていた年だったのかもしれない。翌年になると恋人との破局でゲッソリとやつれ、揚句にリストカット事件を起こすわけで、動画などを見てもこの1988年の彼女のパフォーマンスはどれも自信に溢れていて輝いている気がする(それにとにかくエロい(笑))。
 復活は期待したい。けれども、1988年の頃のような明菜を期待してしまっては、いけないのかもね。。。