セイコ・アルバム探訪25〜『Eternal』
1991年5月発売。聖子初のカバー・アルバムでhiroc-fontana、個人的に大好きな作品。
まず当時の聖子たんを取り巻く背景を振り返っておくわね。バブルの勢いを受けて当時のレコード会社、CBSソニーの大プッシュにより1990年、晴れて全米デビューを果たした「Seiko」。聖子たん本人は1988年の秋から渡米して英語やらボーカルトレーニングやらダンスやらレッスンを重ねていた時期でもあり、その煽りからか一方の国内状況はお寂しい限りで、メディアへの露出が極端に減って1989年のアルバム『Precious Moment』では売上が激減、事務所独立もからんでマスコミからはバッシングの嵐、という状況に。いざ全米デビューに至っても、その聖子たんのあまりの変貌ぶりにマスコミはおろか国内ファンの多くから拒否反応を示され・・・という、八方塞がりの状況にいたわけね。その全米盤からはシングルヒット(「The Right Combination」)も生まれたわけだけど、デュエット相手が当時大人気だったアイドル・クループ、ニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックのボーカリストだっただけに、金にものを言わせて他人の褌で相撲をとった、みたいな捉え方しかされなかったのよね。
このアルバムはそんな頃、聖子の言葉を借りれば「私がニューヨークで生活している時に、ラジオやMTVのテレビなどで耳にしてとても好きになった、本当にステキな洋楽曲を集めて日本語の詩をつけ、SEIKO MATSUDAのオリジナルとしてレコーディングしたもの」だそう。実際にカバーされている曲は1988〜90年当時に全米チャートを賑わせていたヒット曲がほとんどで、メロディーの美しいバラードが中心の選曲はその後の聖子の音楽との共通項も見いだせる感じ。ここでの選曲のセンスが素晴らしく、どれも聖子のボーカルに驚くほど馴染んでいて、それがこのアルバムの大きな魅力だと思うのね。また、自身が歌手でもあり作詞家でもあるリンダ・ヘンリックの協力で訳された日本語詞が曲のイメージにピッタリ合っていて、まるで聖子のオリジナル作品のようで、下手に英語で歌うよりも、当時の聖子の絶好調ボーカルであれば日本語訳を選択したことは大きな成功要因であったように思うのね。
おそらく聖子自身は日本国内のバッシングなど遠い国の出来事であって、ただ全米での成功に向けて得意の“(根拠ない)ポジティブさ”でがむしゃらに頑張っていたころに聴いていた曲の数々を歓びいっぱいに歌う、それだけのことだったのかもしれないけれど、実際にこの作品でのボーカルは、かつてないほどに輝いて聴こえて文句のつけようがない。2006年には突如、続編『Eternal II』がリリースされたわけだけど、それは聖子自身、このアルバム『Eternal』が気に入っていた証拠のようにも思えるのね。続編のほうは全編英語で、ボーカルこそ長いキャリアの成果を発揮した味わい深いものに仕上がっていたけれど、選曲(ありきたりな曲ばかり)やアルバムコンセプトが中途半端(いっそ70年代〜60年代まで遡ればよかったのに)でちょっと残念だったわね。
プロデュースは聖子本人。アルバムチャートでの最高位は3位。前作『We Are Love』を超える、約17万枚の売上げ。
アレンジは笹路正徳氏(4,7,8,9)と丸山恵市氏(1,2,3,5,6,10)が分け合う形で、ほぼ原曲に忠実なつくり。では曲紹介。
- Hold On(Wilson Phillipsのカバー)
1990年の全米ヒット。姉妹グループによる爽やかなカントリー・タッチの曲を聖子さんが爽やかな中に力強さを加えて歌う。この曲はオリジナルの英語詞で歌っており、シングルカットこそされなかったがPVが作成され、アルバムをリードする作品。本当に聖子さんの声に合ってキラキラ輝いている印象の作品で、これは選曲の勝利でしょう。レッスンで鍛えた力強い発声を使って、サビの高音でも地声を張り上げて歌う聖子さんが新鮮。
- How Can I Fall?(Breatheのカバー)
男性グループのヒット曲を、女性らしくしっとりと歌い上げる聖子さんが素晴らしい。特筆すべきは、日本語詞の訴求力。このあたりについてはこの曲を単独で取り上げたエントリー、「セイコ・ソングス10」をどうぞ。
- All This Time(Tiffanyのカバー)
懐かしや、Tiffanyちゃん。当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった全米のアイドルの曲を、日本のナンバーワンアイドルが歌うわけで、間違いなし!(笑)な感じ。これも美メロのバラードで、かみしめるように歌う前半部に、中間部での高音では美しいファルセットにしゃくり上げも絶好調で、セイコならではのボーカル作品として見事な出来栄え。ヴァース部分の最後「♪ All This Time〜」の伸ばした音にギターの音色がぴったり合って間奏に移る部分にゾクソクする。
- Eternal Flame(The Banglesのカバー)
バングルスの全米大ヒット曲をカバー。原曲も素晴らしいけれど、それを完全に自分の歌にしている聖子さんが感動的。コーラス後半は英語詞になるのだけど、発音のぎこちなさはあるものの、しっかりと英語でもニュアンスが伝わっている気がするのよね。こちらは終始力を抜いたボーカルで、こうして曲に合わせて緩急自在に変化できるところが、ボーカリストとしてノリに乗っていた当時の聖子さんを物語っているように思う。
- Here We Are(Gioria Estefanのカバー)
続いてはミステリアスな印象のアダルトなバラード。聖子の声もいつになく低めで、大人っぽい印象。「♪ I'm in love with you」というフレーズの頭に喘ぐような溜息を交えて歌っていて、その縋り付くような感じがたまらない。ヴァースの高音では一転してか細く、しゃくり上げたっぷりでこれまた切なさ倍増。言葉への思いの込め方、その集中力がとにかく凄くて、聖子絶頂期のボーカル作品として完璧な1曲。
- Everything(Jody Watleyのカバー)
元シャラマーのボーカリスト、ジョディ・ワトリーのアルバムは俺も当時良く聴いていて、黒人特有のスムーズでビート感のあるボーカルスタイルで出来上がった彼女の曲は、聖子さんタイプの歌手には向かないと思っていたのね。でもここでは聖子さん、「Eternal Flame」とは違って低音でもしっかり声を張って歌う強い歌い方をしていて、見事に自分のものにしている。このあたりの勘の鋭さが、スゴイわね。日本語はひとつのリズムに一音しか乗せられないからリズム感が単調になったりしてしまうわけだけど、ここではそれを逆手にとってサビを「♪ 見えなかった 何もかもが」という短いフレーズにまとめてしまっていて、それがかえって聖子さんらしい詫びサビを出せているような気がする。結果オーライね。
- How Am I Supposed To Live Without You(Michael Boltonのカバー)
全米盤『Seiko』でも曲提供を受けたマイケル・ボルトンの作品をカバー。初出はパワフルな女性シンガー、ローラ・ブラニガンが歌ったバージョンだったのだけど、本家が「歌い上げ系」の濃厚なバラードだったのに対して、この聖子バージョンはしゃくり上げたっぷりの「切な系」に仕上げている。自分のフィールドに見事に引っ張り込んで、聖子たんの勝ち。ただ聖子のこのテの世界は今となっては聖子ファンには“ミミタコ”かも(苦笑)。
- Shower Me With Your Love(Surfaceのカバー)
ブチブチと音節を切れ切れに歌う冒頭部は、もうすっかりいつもの国内仕様・セイコ。アルバム後半に入ってちょっとマンネリ感が漂い始めたかしら。セルフ期のセイコバラードのひな形みたいな感じの曲。悪くないけどね。
- Totally In Love With You(※J.Bucknerなる人物による書下ろし曲)
アルバム唯一のオリジナル曲。印象としては前曲「Shower Me 〜」を継承した感じで、その後イヤと言うほど聴かされる「セルフ聖子」の典型的曲調かも。澄み切ったボーカルが心地よくて、それだけで聴けるけどね。ひょっとしてJ.Bucknerって、小倉のペンネーム?みたいな。。
- Crazy For You(Madonnaのカバー)
最後は言わずと知れたマドンナの全米ナンバーワンヒット(1985年)。俺はこの曲、良い曲だとは思っていたけれど、マドンナの魔女声があまり好きではなかったから、 このセイコ・バージョンの方が断然好きに思えたのね。ただ聖子らしさは出ているものの、あまり奇をてらった歌い方はしていなくて、やはりMadonnnaの歌と比べてしまうと個性の強さで負けている気がする。このあたりに全米成功のカギがあったのかもね。もしかすると。。。